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職場からの帰り道だった。
ついさっきまでの晴天が嘘のように、急に降り出した雨。
しかもかなり激しい……横殴りのゲリラ豪雨。
梅雨の時期だったので、一応折りたたみ傘を持ってはいたが、ここまで激しいと全く役に立たない。まるで核の傘を失くした日本人のようだなと、不意に突飛な感傷を抱いたのは、短期出張先のこの地が広島であるせいが大きいのかもしれない。この時は最寄り駅からウィークリーマンションまでの帰り道だった。
気休め程度に折りたたみ傘を差しながら周囲を見回すと、すぐ近くに駄菓子屋があるのが目についたから、俺は一目散に駆け込んだ。
「おやまあ、ようきんさったのう…。すごい雨じゃな。遠慮せんでええけぇ、ゆっくりしてきんさい」老婆がコテコテの広島弁で優しい言葉をかけてくれる。
「いやあ、すみません。折りたたみ傘しか持っていなかったもので…突然の土砂降りには敵いませんね」
せっかくなので駄菓子を買って帰ろうと、品揃えを吟味してみる。以前はたまに子供を連れて駄菓子屋巡りをしていたこともあったっけ。いつの間にか足を運ばなくなってしまった。駄菓子屋は商品を眺めるだけでも懐かしい気分に浸れるから良き。うまい棒やミニドーナツ、五円チョコに十円ガム……具体的に名前を上げるとキリがない。真新しい商品も散見されるが、太宗は昔から変わりない。ここにはコンビニとは一線を画すゆっくりとした時の流れが息づいている。
「子供にえっと買うちゃって」
かなり話好きの老婆みたいだった。
「うちにもひ孫がおってね。家に遊びに来たときにゃあ、えっと分けちゃる。先の大戦で原爆が投下された時はどうなることか思うたけど、一命をとりとめたおかげで、ひ孫の代まで命をつなぐことができとる。運命なんてわからんもんじゃのぉ…」
「アメリカの"核の傘"は、本当に我々を守ってくれるんですかね」
老婆が一方的に話しかけてくるから、何か言葉をつなごうと、俺はさっき不意に抱いた疑念を口にしてみた。
「どうじゃろうね…。彼らは人道的犯罪国そのものじゃけぇの。そがいな傘に守られとること自体、すんなりたぁ受け入れ難いわね」
「そもそも核自体がなくなってしまえばいいんですけどね」
「そうじゃのぉ、核の雨が降らにゃあ傘なんて必要ないもの。でもそうみやすい話じゃないさ。最近の世界情勢はますますきな臭うなっとるじゃない。本当は唯一の被爆国がもっと率先して非核を訴えるべきなんじゃろうけど」
「でも核の傘に入っている内は、なかなかそうもいかないんでしょうね」
そこまで話すと老婆は急に立ち上がって、外の様子を伺った。
「あら、雨、上がったみたいのぉ」
「本当ですね。束の間でしたが、なんだか核の雨から守ってもらえた気分です」
「うまいこと言うわね。いつかげに、核の雨上がりも実現してくれるとええんじゃけど」
俺は雨宿りのお礼を告げると、久しぶりに駄菓子をたくさん買って駄菓子屋を後にした。今週末自宅に戻る時の広島土産にしよう。
見上げた空は、雲間から所々青空が顔をのぞかせ、もう雨の降る気配はなかったが、あえて頼りのない折りたたみ傘を差して家路についた。
見えずとも確実に降り続く核の雨に濡れないように。
【完】
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