17人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
バナナボートとロープと晴菜
朝起きると、水着に着替えるよう母に言われた。ゴーグルまで置いてある。父は、なぜかピチピチのラッシュガードを着て、シュノーケリング用のゴーグルを磨いていた。
そして、昨日の黄色いビニールの正体。それは私が小学生の頃に買ってもらった、大きな二人乗りのバナナボートだった。
こんな恥ずかしい格好で、バナナボートを持ってホームセンターになんていけない、行ってたまるものかと、私は駄々をこねたが、母はただ、
「大丈夫、じきにわかる。」
と、半ば強制的に、父と私を送り出した。
少し歩くと、そこには大海原が広がっていた。大小様々な魚は足元を生き生きと泳ぎ、その数はかつてとは比べ物にならないほどに増えていた。他の家族を見かけたとき、皆そろって水着を着ていて、私は母の言っていたことを、ここでやっと理解した。
床から1mほど浸水したホームセンターでは、物資はご自由にどうぞと張り紙がされていた。
ノコギリと、ロープとを、バナナボートに乗せる。ロープは最後の一つだった。が、ツルツルして、平たい面さえないバナナボートに、乗るはずもなかった。
仕方なく、自分のリュックサックにつめる。
水着売り場や、食料の棚には、もう何もなくなっていた。
父が、いいものを見つけたと、私に教えてくれた。
冬用小物が立ち並ぶ列にあった、雪ゾリだ。
ものを乗せるのにちょうどいい形をしていて、それでいてよく浮く。
私たちは、そこにあったソリ全部と、多少のナイフやチャッカマンなどのサバイバル用品、そしてなぜか大量のブルーシートをソリに乗せて、ホームセンターを後にした。
帰り道のことだった。
「おーーい、ちさと!」
後ろから、聞き覚えのある声がする。晴菜だ。
「はるな?はるな!はる…ズビッ」
晴菜は今や、不安そうにする様子もなく、生き生きと双子の弟の世話をしている。その姿を見て、私は涙が込み上げてきた。晴菜のオレンジのラッシュガードに、私の涙と鼻水がついて変色していった。晴菜は、心配かけてごめんねと、私を抱擁しながら謝るばかり。私の肩にも晴菜の涙がぐっしょりとついたころ、父に見られていることに気がついた。
そして、晴菜のスマホが水没して使えなかったこと、今は知り合いの漁師さんの船にお世話になっていることを知る。また会う約束を取り付けた頃には、すっかり夕方になっていた。晴菜の無事がわかってホッとしたのか、その日は深く、眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!