連鎖

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「……さくら?」 ハイジが振り返り、驚いたように目を僅かに見開く。 黙ったまま視線を合わせていれば、少しだけ困ったような顔で身体を此方に向ける。 だけど……僕に触れようとしないし、近付こうともしない。 「………ハイジが、怖いんじゃ……ないから」 目を伏せ、ハイジに手を伸ばす。 二の腕辺りの袖を掴み、温もりを求めるようにもぞもぞと近寄ると、その懐に顔を埋める。 「……え、おい……」 「………」 鼻腔を擽る、ハイジの匂い。 太陽の陽射しのような、夏の潮風のような……爽やかで心地良い匂い。 安心する…… トクトクと、少しだけ速いハイジの心音。その鼓動を感じながら、ハイジの温もりに身を委ねる。 「………アゲハの、夢を見ただけ」 ぼそりと答えれば、ハイジの身体が僅かに反応する。 何となく、察したらしい。 「やっぱ、怖ぇ夢見たんじゃねーか」 「……」 その言葉に、小さく首を横に振る。 怖い夢──確かに、怖い夢だった。 だけど、それだけじゃない。 怖いのは……知らぬ間に、“僕”という存在が誰かを傷付けてしまう事。 僕のせいで、アゲハが傷ついた。 いや、傷ついたってレベルじゃない。 ───壊したんだ。 綺麗な羽根が千切られ、その人生を狂わせたのは──僕。 血塗れたバタフライナイフを、若葉から託されてしまったよう。 怖い…… 僕もいつか、あんな人間になってしまうんだろうか。 『……オレ、すげぇ……自分が怖ぇよ……』──背中を丸め、脅え震えるハイジの姿が脳裏を過り、僕の姿と重なる。 「……ったく、お前は」 戸惑うような声を上げつつ、ハイジの手が遠慮がちに僕の横髪に触れる。 「マジで、猫みてェだな……」 少しだけ綻んだ声。 穏やかな吐息。 それでも、何処か戸惑いがあるのだろう。僕の髪に触れた指先が、小刻みに震えていた。 ……ハイジ…… ハイジの温もりを感じながら、その匂いを胸いっぱいに吸い込む。 安心する……匂い。 「……お、おい」 「………」 布地を掴んだ手に力を籠め、足が絡む程に身体を密接させながら、ハイジの胸元に鼻先を擦り付ける。 触れた所が、心音の早さで熱くなっていく。 「……もう少し、だけ」 小さくそう呟けば、ハイジが熱の籠もった息を吐く。そして優しく撫でる様に、僕の後ろ髪をゆっくりと梳いた。 ……シャラ、 その指先が、黒革の首輪に当たる。 装飾された鎖が揺れ動き、小さな南京錠と擦れ合って高い音を立てた。
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