恩義

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「……オレ、生まれてすぐ病院から乳児院って所に預けられて。そっから施設に移ったみてーで。 最初から施設だったからよ。世の中はそういう仕組みになっていて。親元から離れるのが当たり前なんだって……ずっと信じて疑わなかったんだぜ」 僕の背中をゆっくりと擦りながら、何処か懐かしむ様に遠くを眺め……しかし、何処か虚ろげに瞳が揺れる。 「学校みてぇにデケェ施設でさ。人が多い分、子供ン中でも社会ってのが出来上がっててよ……」 まだ小学一年生だったハイジは、施設に入所した際、偶々空きが出たという理由で中高生で構成された六人部屋に配属。しかしそこは、子供社会の頂点に君臨する者達が集結した部屋だった。 その中高生は、何か気に障る事があれば直ぐに暴力を振るい、力で捩じ伏せていた。職員の目の届かない所にターゲットを呼び出し、集団リンチをするのは当たり前。時に、金銭を巻き上げる事もあった。 体格差があるにも関わらず、それは容赦なく同室となったハイジにも向けられた。 真夜中──皆が寝静まった頃。 チームリーダーである高校生の指示で、同室の中学生四人がベッドに眠るハイジを床に引きずり下ろす。そして文字通りの袋叩き……掛け布団を幾重にも重ねて上から押し潰したり、取り囲んで殴る蹴る等、暴力の限りを尽くした。 「……職員に贔屓されてるとか、取り巻きの女に絡んだとか、里親が見つかりそうだとか。……理由なんて、後から取って付けたような下らねぇモンばっかだったけどな」 ハイジが吐き捨てる様に言い放つ。 「けど、里親に関しては……解らなくもねェな。 小せぇうちならまだしも、デカくなってから引き取りてぇっつー里親なんて、殆どいねぇだろ?」 「……」 「……オレらは、ペットショップの店頭に並ぶ“犬”と一緒なんだよ」 犬と……同じ…… ズキン、と胸が痛む。 見世物のように品定めされ……その上で選んで貰えなかった、心の傷。 それが次第に歪み、闇を孕み、憂さ晴らしに選ばれた弱い相手を叩きのめす…… 『 ……さくらっ! 』 バシ、バシンッ…… 母が僕に、何度も平手打ちを喰らわす。 頬は熱く腫れ上がり、溢れ伝った涙で濡れる。 ヒステリックになってしまった母は、手の付けようがなかった…… 『 なによ、その目はッ──! 』 『 抉り取ってやるわ! 』 台所の引き出しから乱雑に調理バサミを取り出し、固く握り締め、床に捩じ伏せた僕に突き付ける。 目の前で、鋭く光る刃先── 「……っ、」 突然襲い掛かる、フラッシュバック。 身を縮め、ギュッと自分の腕を抱く。 ……ハァ、ハァ 久々に蘇る、幼少期のトラウマ。 動悸なのか……光景が思い出される度に、心臓が胸を突き破ってしまう程激しく暴れ出し、呼吸が苦しくなる。 「……さくら?」 僕の異変に気付いたハイジが、擦る手を止め僕の顔を覗き込む。 「この話は、後にすっか……」 そう言って、サイドテーブルにあるペットボトルに手を伸ばし、蓋を開けてグイと煽る。 「………ううん、聞きたい」 喉仏がリズムカルに上下に動くのを見ながら、静かに言う。 「ハイジがそういう話をしてくれるの、初めてだから……」 「……」 一気に半分近く飲むと、ハイジは僕の方に再び視線を向ける。 「……あんま、いい話じゃねーぞ」 少し戸惑う様な声。 「うん……でも、聞きたい」 「……」 蓋を閉めサイドテーブルに戻すと、僕の首の下に腕を差し込んで、上体を起こす。
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