忍び寄る影

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去年の春──僕の初めてを奪った時の竜一は、まだ学生服を着ていたのに。 黒いスーツを着こなし、髪をオールバックにして、まだ未成年にも関わらず大人の雰囲気を醸し出している。 ……そんなの、当たり前か…… だって、僕の知らない裏社会を生きているんだから。 天井に映る、カーテン越しに溢れる外からの儚い光。それをぼんやり見つめていると、竜一が戻ってくる。 煙草が無い所を見ると、台所で済ませてきたのだろう。 「……さくらも飲むか?」 代わりに持っていたのは、麦茶の入ったピッチャーと空のコップ。氷が入っているのか、カランと涼しげな音が鳴った。 「……あ、僕が──」 麦茶を注ぎ入れようとする竜一に駆け寄ろうと、慌ててベッドから下りる。が、内腿が痙攣し、腰が抜け、その場に崩れてぺたんと尻餅をつく。 「……チッ」 竜一の舌打ち。 しょうもねぇ女だな……そう言われた様な気がして。情けなくて俯く。 「いちいち気ぃ回すんじゃねぇ」 「……!」 へたり込む僕の二の腕を掴み、竜一が僕を引っ張り上げる。 そうして太い腕に抱きかかえられれば、竜一の胸と僕の胸が合わさり、心と心が重なったように感じて── トクン、トクン…… ……竜一…… 体臭に混じる、煙草の残り香。 背中にそっと腕を回し、温もりに包まれながらその匂いを吸い込む。 「……」 ギュッと力が籠められる、竜一の腕。 さっきまで、ベッドの上で散々身体を重ねたのに。 この瞬間が、一番心地良くて……愛おしく感じるなんて…… 「……!」 竜一に身を委ねていると、大きな手のひらが僕の後頭部を包み込む。 グッと引き寄せられ、強く抱き締められれば、どんどん熱くなっていく身体。 甘く蕩けていく心── ……ああ…… このまま時が、止まってしまえばいいのに…… * 「……じゃあ、またな」 抱き上げた僕をベッドに下ろし、脱ぎ捨ててあったスーツに身を固めると、何の余韻もなく竜一が出て行く。 「……」 こんな時、いつも感じるのは……離れた瞬間から徐々に消えていく、肌の温もりと淋しさ。 ……あんなに触れ合ったのに。 身体に刻まれてはいるけど。次に逢う時まで……実感する事は出来ない。 テーブルの上には、中身の残ったノンアルコールの缶ビール。一度も口を付けていない麦茶。 身体に掛かったケットを引っ張り上げると、擦れた布の音がやけに寂しく耳についた。
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