恩義

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見た目は普通の一軒家。 そこに、10人程の児童と2人の職員。 子供は男女に分けられ、それぞれ六畳一間の狭い部屋で寝泊まりをしていた。 まともな食事は、一切与えられなかった。 リビングの床に児童全員が正座をさせられ、その目の前で職員の男が複数の弁当を食べる。 そして使用済みの割り箸ごと弁当を床に投げ捨て、その僅かな残りを全員で拾い集めて分け合う、という酷い有様だった。 入浴は3~4日に一度。 それも全員で一時間。ひとり約5分というとても短いものだった。 支給される筈の服は一切無し。 月の小遣いすら貰えなかった為、小さくなったとしても前の施設で支給された服を着倒すしかなかった。 学校へは、飢えを凌ぐ為だけに通っていた。 給食で腹を満たし、乞食だと罵られながらも、余った牛乳やパンを持ち帰っては施設に残った未就学児に分け与えていた。 それは──明らかなネグレクト。 しかし、施設の子というフィルターが掛かっていたせいか。気付いていた筈の担任が声を掛ける事は、一度もなかった。 そして、独房と称した半畳程の監禁部屋──窓も布団も何もなく、ただ只管(ひたすら)に真っ暗なその部屋に放り込まれ、幾度の夜を明かす事もあった。 「人を人とも思わねぇ。尊厳もなにもねぇ。 でもそこで生き延びる為には、ペットショップの犬以下に成り下がるしかなかったんだよ」 「……」 『だから、甘ちゃんが嫌ぇっつーか。……苦手なんだよ』 ──初めてハイジと出会った時の台詞が、ふと脳裏を過る。 『少なくとも、親元で暮らせるのは贅沢だぜ』 ──あの時の言葉の真意が、今なら解る。 『……悪ぃかった。人を見掛けで判断してよ』 ──それは、僕も同じだ…… 僕は……ハイジの事を、何にも解ってなかった。 ハイジは、僕よりもずっと辛い経験をしている。 親に捨てられ、預け先の施設で酷い目に遭い……逃げ場のない生活を強いられながらも、必死に生き抜いてきたんだ。 ……なのに。 あの時の僕は、自分の事しか見えてなかった。 僕だけが不幸な目に遭っていると周りを突っぱねて、何て不遇なんだと悲劇の主人公になりきっていた。 「それでも……最初のうちは、もう一人の女性職員が気に掛けてくれてよ。こっそり食事を持ってきてくれたり、庇ってくれたりして……オレらの心のケアもしてくれてたンだけどな。 ……二週間もしねぇうちに、突然居なくなっちまった」 「……」 「……まぁ、そっから二年。マジで毎日必死だったな……」 遠い目をしたハイジの双眸が、静かに濁る。
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