フレンチ・キス

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店内の端にあるバーカウンター。 その天井には、ムーディな雰囲気が漂うダウンライトがぶら下がっている。 「今晩は」 店の雰囲気には似合わない、清潔感溢れるバーテンダー。その彼が、近付くハイジに気付き笑顔を向ける。 「……腹減ったから、なんか美味いもん適当に作ってよ」 「了解」 針よりも細く、眼を細める。その笑顔を崩さぬまま、眼だけが見開かれる。 「……昨日、来ましたよ」 カウンターに片手を付いて身を乗り出すハイジに、バーテンダーが顔を寄せる。声のトーンを落としたようで。ハイジの背後にいる僕には届かない。 「………、来たら教えてくれ」 「了解」 「あ、そうそう──」 振り返ったハイジに二の腕を掴まれ、グイッと強く引っ張られる。 「こいつ、オレのオンナだから」 「……ぇ……」 唐突な台詞に驚き、ハイジを見上げる。と、ハイジが勝ち気な表情を浮かべ、僕の肩に腕を回す。 「可愛いからって、手ェ出すなよ?!」 ハイジの科白に、笑顔を崩さず目を細めたバーテンダーが、口を開く。 「承知しました」 頭が痛くなりそうな音楽。 人に揉まれながら、やっと目的地らしい奥の部屋の前で足を止める。 VIPルーム、……なんだろうか…… ハイジがそのドアを開ける。 ──ドォンドォンッ 背後からの激しい音と内臓まで響く低音とは対照的に、室内は静かであった。 黒の高級テーブルに、L字型の革張りソファ。何人かの男女が肌を寄せ合い、絡まる腕や足…… 本来の照明が落とされ、ピンク色の灯りがより妖しい雰囲気を醸し出せば、人々の欲望を刺激し、本能を剥き出しにする。 「……オイ、お前ら邪魔だ!」 その空気をぶち壊す、ハイジの一喝。 瞬間──絡まった男女が、一斉にハイジに顔を向ける。 「ンなにセックスしてェなら、ラブホ行け!」 「……」 その光景は、ハイジと出会ったゲイ専用のパーティーに似ていて。お互い合意の上でしているとはいえ、こういう空間は苦手だ。 それに……男の色欲を駆り立てようとする、強い香水と噎せ返る程の欲情した匂いが…… ………気持ち、悪い…… 手のひらがじりじりと痺れ、何だか苦しくて。ハイジの服の裾をきゅっと掴む。 「……んだよハイジ。お前だって釣ってきてんじゃん」 「へー、可愛い~」 「その首輪、まさか奴隷チャン?」 ハイジの仲間だろう男達が、僕を品定めしてニヤニヤする。 「………」 興味を僕に取られてしまった女達が、あからさまに嫌な顔をしたのが解った。 恥をかかされたとばかりに男達を突き放し、簡単に身形を整えると、男達を睨みつけて立ち去っていく。
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