フレンチ・キス

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あの時、僕にトラウマを植え付けた主犯格──そいつが今、目の前にいる。 「……お、太一じゃん!」 ハイジが太一に気付き、声を掛ける。 太一の眼が僅かに和らぎ、ハイジに笑みを返す。 「良かったなァ、ハイジ。……お姫サマが無事に見つかって」 「………うるせぇ」 「ハハ。……ていうか姫、随分とエロい格好してんじゃん……」 ハイジから僕に移る視線。 それがねっとりとイヤらしく、剥き出しになった僕の太腿を執拗に舐め回す。 「……」 ウイスキーか、ブランデーか。 グラスを傾け、琥珀色の酒に喉を鳴らす。 ……こいつ…… 身体は確かに、あの時の恐怖を覚えている。 だけど……腹の底から煮えたぎる怒りに、次第に心が支えられていく。 「ハァ?! 酔っ払って、コイツに手ェ出すンじゃねーぞ!」 「……バーカ。ヤる訳ねーだろ。俺はまだ、早死にしたくねーからな」 軽口を叩くハイジに、鋭い眼を向けたまま冗談めかす太一。 フンッと鼻を鳴らし、ハイジが顔を逸らすと、再びグラスを傾けた太一の口端が僅かに吊り上がるのが見えた。 ハイジに促され、奥の空いたソファに座る。隣に座る男をチラッと見れば、太一派──僕を輪姦したグループの一人だと気付く。 『リュウさん、ソイツらを……ボッコボコにしてたんッス』──モルの言葉が、脳裏を過る。 でも、その現場を直接見た訳じゃない。 もしそれが本当だったとしても、半年も経ってしまえば、そんな傷なんて跡形も無く消えてしまうだろう。 散らかったテーブルの上を、僕の隣に横に座ったハイジが雑に退かす。 「……」 ハイジは、僕と太一達の間に何があったのか……多分知らない。 隣の男が先程から、チラチラと僕の太腿に視線を落とす。 それに、不自然にソファの座面に着いた手……その小指の先が、僕の外腿に触れそうな程近い。 「……」 勝手に震えてしまう身体。 次第に感情だけが、切り離されていく。 ……一体、どういうつもりなんだろう…… ハイジを裏切って。騙して。僕をあんな目に遭わせて。 それなのに……何食わぬ顔で、またハイジと連んでいるなんて…… 怒りと嫌悪で、感情がぐちゃぐちゃに掻き乱される。 だけど……頭の中は妙に落ち着いていて、酷く冷静になっている自分もいる。 『お前はオレの女だけど、仲間じゃねーんだ。……あんまこっち側に首突っ込むな』──以前、ハイジが僕に言った台詞。 思い上がっているのは……僕の方かもしれない。 ハイジと太一の間には、僕とは違う……恐らくチーム結成からの強い絆があるんだろう。 だから太一は、自分の女をつまみ食いされた位で、ハイジがその絆を壊したりしないと自負しているのかもしれない。 「……」 緊張感の漂う空間。 でも、そう感じているのは……僕だけなのかもしれない……
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