フレンチ・キス

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「……どした?」 そんな僕の様子に気付いたのか。優しい光を含んだ瞳を僕に向けたハイジが、緊張を解すかのように僕の肩を抱く。 「ハイジぃ……、何オレらに見せ付けちゃってんのぉ?」 「姫とシしたいなら、ラブホ行けよ」 「あー、それな!」 前方で馬鹿騒ぎをしていた男達が、先程の仕返しとばかりに軽口を叩く。 「──バーカ。お前らの前でスるかよ!」 口の片端を持ち上げ、そう返したハイジの手に力が籠もる。グッと更に引き寄せられれば、ハイジの髪と肌の匂いが鼻孔を擽った。 「……お待たせしました」 清潔感溢れるウエイター2人が、颯爽と部屋に入ってくる。その手には、数々の料理──サーモンのカルパッチョ。アボカドのサラダ。マルゲリータピザ…等々。 それらがハイジの指示で、目の前のテーブルに並べられていく。 「ほら、いっぱい食え」 大皿に盛られた焼飯。それをハイジが小皿に取り分けてくれる。 「……」 僕の為……なんだろうけど。病み上がりの胃にはキツい。 「遠慮すンなよ」 「……うん」 湯気と共に立ち篭める、香ばしい匂い。スプーンの先の方で掬えば、乗り切らなかった米粒がパラパラと崩れ落ちる。 それを口に運ぼうとして、止める。 ふと横を見れば、間近で僕をじっと見つめる、ハイジの眼。 「………そんなに、見られたら……食べ辛いよ」 「おぅ。悪ぃ」 口ではそう言うものの、解放する気はないらしい。愛おしむように目元を緩ませ、優しい光を揺らす。 「……」 肩を抱かれた時より、何だか恥ずかしい…… 視界からハイジを追いやり、掬い取った焼飯をそっと口に含む。 「……失礼します」 その時、一人のウエイターが近付き、身を屈めてハイジの耳元に口を寄せる。 室内スピーカーから流れる音楽。馬鹿騒ぎをする3人の声。──それらが邪魔して、僕の耳にまでは届かない。 「………そうか」 低くそう呟いた後、ハイジがスッと立ち上がる。驚いて見上げれば、ハイジが僕に視線を落とす。 その眼には、先程まであった柔らかな色が消えていた。僕を愛おしそうに見つめた、あの優しい光の欠片さえも……もう何処にも見当たらない。 「……」 何処までも冷たく、深く……闇の色に覆われていく。
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