フレンチ・キス

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鋭い視線──それが、僕から簡単に外される。 人が変わったかのような、ドス黒いオーラ。冷酷な横顔。 邪鬼を孕んだ眼が、真っ直ぐ前を見据えている。 ───待って、ハイジ……! 立ち上がり、ウエイターの後について行くハイジに手を伸ばす。 その瞬間、ハイジが振り返る。 此方に向けられた眼は、既に闇色に支配され──僕を捉えながらも、僕など見えていない様子だった。 こうなってしまったハイジを……もう、止められる自信はない…… ……だけど…… 後悔の念に駆られ、苦しむハイジの姿も見たくない…… 「……」 僕を制する、鋭い視線の圧。 それはほんの数秒──だけど確実に、僕の精神を串刺しにする。 動けなくなってしまった僕を残し、無言で背を向けるハイジ。 あの冷徹な瞳は、容赦なく誰かを傷付けようとする瞳だ…… 「………ハイジ」 その背中に小さく声を掛ける。 もう一度手を伸ばし、引き止める勇気は……もうなかった。 「……さくら、いい子してろよ」 ハイジの低い声。 綺麗な白金の髪が、ゆらりと揺れる。 「………!」 問いかけに、答えてくれた…… たった、それだけ…… ……だけどそこに、微かな希望が見える。 ハイジは……自分を見失ってない。 少しだけホッと胸を撫で下ろし、ドアの向こう側へと消えていくハイジの背中を見送った。 ……パタンッ ドアが閉まる。 瞬間、一変する空気。 それを肌で感じつつ、静かに腰を下ろす。 「……」 ……大丈夫だ。 この部屋にいるのは、太一と隣の男だけじゃない…… テーブルを挟んだ向こうに見えるのは、ハイジを慕うチームの男達。 ジンを片手に一台のスマホを覗き込んだ後、一斉に足技ダンスを競い合う。 「バーカ、違ぇって!」 「あー、クッソ……酔ってきた……」 「……飲みが足りねぇんじゃねーの?」 キラキラと輝く笑顔。楽しそうな雰囲気。 馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいに笑って。見ているこっちまで、笑みが溢れてしまう。 その光景は、楽しかった溜まり場での生活の記憶を、簡単に掘り起こす。 ……懐かしい…… そんな事を思いながら、食べかけの焼飯に手を伸ばした時だった。 「………っ!」 隣にいた男の指が伸び、僕の太腿に触れ……感触を確かめる様にスルリと滑る。 瞬間──置かれた状況を思い出し、背筋に冷たいものが走る。 「……逢いたかったぜ、姫」 顔を寄せられ、耳元に熱い息が掛かる。 「……はぁ、はぁ…… 姫を食ってから、全然オンナで勃たなくなっちまってよォ、……ハァハァ……」 「……」 「オカマに手ェ出してみても、コイツの舌が肥えちまってて……ハァ、ハァ……姫じゃねーと、食いたくねぇんだってよ……」 ……気持ち、悪い…… アルコールの混じった男の口臭が、容赦なく鼻を刺激する。顔を(しか)めながら伏せた目を男の方へと向ければ、男のもう片方の手が、布地を押し上げた自身のモノを擦っているのが見えた。
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