フレンチ・キス

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いつだったか…… 闇の世界(裏社会)に片足を突っ込んでしまった、と思っていた時期があった。 あの時はまだ、引き返せる光が見えていたけど……今はその浅瀬に足を取られ、転んで全身ずぶ濡れになってしまっているような気がする。 「飯、……殆ど食って無かったな……」 隣でハイジがボソリと呟く。 振り返らずにいれば、ハイジの手が僕の手の甲に重ねられる。 「昔の仲間に会えば、少しは気ィ晴れンじゃねーかって……思ってたけど」 僕の気持ちを確かめる様に、そっと撫でた後……僕の指間に指を滑らせ、そっと握る。 「………」 「……さくら」 車内に流れるラジオ。 先程とは違う、軽快なポップミュージック。 たったそれだけなのに……僕の知ってる世界に少しだけ接触しているような気がして。何処か安堵する自分がいる。 「拗ねてんのか?」 「……」 別に、拗ねてる訳じゃない…… 『これと同じ首輪(わっか)をしたオンナを輪姦させてんだぜ』──太一の言葉が、耳から離れない。 ハイジは、施設でレイプされてた女子を助けたと言っていた。 ……なのに。そんなハイジが、そんな事を指示するなんて…… ハイジのもう片方の手が伸び、僕のフェイスラインに触れる。 その手に誘導され、ゆっくりとハイジの方へと顔を向けた。 「……ううん。少し、疲れて眠いだけ……」 口の端を僅かに持ち上げ、小さく答えれば、ハイジが軽い溜め息をつく。 「……」 僕を見つめる瞳。そこに含んだ光が、優しく揺れる。 重ねたハイジの手に力が籠もり、触れた僕の頬を愛おしそうに撫でる。 時折差し込む街のネオンが、耳に掛けたハイジの横髪をキラキラと輝かせる。……まるで、プラスチックの様に。 「……ハイ……」 口を開き掛けた瞬間、スッとハイジの顔が近付く。 「………んっ、」 言葉を奪い取るかのように、唇が重ねられる。 その瞬間──熱い舌が咥内に侵入し、裏顎や頬裏を舐りながら僕の舌に絡みつく。 フレンチ・キス。 大胆なのに。何処か繊細で……甘過ぎる、ハイジの口吻。 ……クチュ、 咥内から響く、淫微な水音。 角度を何度も変え、僕の歯列をなぞり、咥内を掻き回す。 ハイジ…… ……僕の気持ちを、探ってるの……? 何度も、何度も何度も…… 僕の舌先を見つけ、そこから舌根までハイジの舌が絡み付き、愛おしむ様に吸い上げる。 ……はぁ…… クチュ…… エンジン音。ラジオから流れる、軽快なポップミュージック。そこに、熱い吐息やリップ音、舌が絡まる小さな水音が紛れ込む。
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