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雨上がり
傘に当たる雨音がしなくなった。
萌は田舎から東京に出てくるまで、ビニール傘という者を使ったことが無かった。
なぜなら田舎には売っていなかったから。
萌の住んでいた田舎にはコンビニが無かったのだ。
傘を売っているのは田舎の町に一つだけある洋品店。
野良で使う手甲や野良帽子から、
おばちゃんたちが普段着にするTシャツやポロシャツや丸ゴムのズボン。
ちょっとおしゃれなブラウスや、こんな田舎ではどうなの?と思う程の高いスーツやワンピースも売っている。
萌は学校の帰りに時々このお店に寄る。
キャラクターもののハンカチもこのお店でしか売っていないし、学校からバス停への通り道にあるから。
お気に入りの傘もこのお店で買ったのだ。
薄い水色の地に長靴の白い模様が入っている。縁取りはその長靴が水色と白の交互になってクルリと回っている。
とてもお気に入りだったその傘は、普段は東京は物騒だからと使わなかったのに、今日に限って、うっかり家の近くのコンビニだからと思い、差してきてしまったのだ。
そして、コンビニで買い物をしている時に盗まれてしまった。
コンビニに残っているのは萌一人だったし、傘も一本だけ透明のビニール傘が置いてあったから、間違えた。と言う事ではないと思った。
田舎では傘を盗む人なんていなかったのに。
萌はちょっと悲しい気持で止みそうで止まない雨の中を、その残ったビニール傘を差して歩いた。
もうじきアパート。という所で傘に当たる雨音がしなくなったのだ。
萌の借りているアパートは結構急な坂の途中にある。
もっと駅に近い平らな所はお家賃が高くて、家からお金を出してもらうのにもちょっと申しわけのない金額だったので、山育ちの萌は坂道を気にせずに、お家賃の安い坂道の途中のアパートを選んだのだった。
駅からアパートに来る間に多摩川に架かる橋を渡る。
坂の下には多摩川が流れているのだ。
アパートのある坂の上の後ろ側には浅川という川が流れているらしい。
萌は雨が上がって、日が照って来そうなのを確認すると誰かのビニール傘を畳んで、アパートを通り越して、坂道のてっぺんまで走った。
『早く。早く。』
てっぺんについて、周囲を見渡すと・・・
見えた。
虹が綺麗にかかっている。
郊外とはいえ、家から出ての一人暮らしで寂しくなって泣きそうになった時に、萌は初めて、偶然にアパートの前で虹を見た。
田舎で見る虹よりも綺麗に見えたのは、周囲の自然になじんでしまわないからだろうか。
虹は田舎で見ても東京で見ても綺麗だったが虹のバックには里山があり、緑や黄色やいろいろな色が既に自然界に存在している。
周囲がコンクリート造の建物ばかりの方が虹が美しく見えたのは萌にはとても驚きだった。
『きっと色が少ないから。虹の色が映えるのかな?』
萌は思った。
萌の心に降っていた雨も、虹のおかげであがったようだ。
この雨上がりの虹は特別素敵な雨からの贈り物だと萌には思えた。
その後気付いたのだが、川で挟まれた立地の坂の上のアパートからは、結構な確率で雨上がりの虹を見ることができた。
1年を過ぎる頃には、坂の上まで登って、少し見晴らしの良い場所から見ると虹の端から端まで見渡すことができる場所を見つけた。
雨はうっとうしいけれど、雨が降らないと雨上がりは来ない。
これから梅雨がやってくるけれど、虹を見るチャンスが増えると思えば雨もまた、待ち遠しいものなのだ。
萌は、次の雨上がりを待っている。
また素敵な雨上がりの虹を見せてくれる、お日様と、水に感謝を込めて。
【了】
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