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青年と町
町を襲った犯人達を引き取るために、中央から兵や車がやってきたのは全て終わってから20分後のことだった。
なぜそんなに早いかというと、すでに近くに待機していたからだ。犯人達の捕獲は駐在員6人でやったという実績が欲しかったため、手出しはしなかったという裏事情があった。
「お久しぶりです。ベリア……少将になられたんでしたな」
「久しぶりだな、トキ中尉。中央から離れた時は心配したが、立派な部下を育て上げたじゃないか。今回の件は本当に見事だった」
「全て隊員達の力ですよ。私は何もしてません」
「ははは。なるほど。本当にいい隊のようだな」
ベリアは豪快に笑う。部下達を褒められてトキも嬉しそうだ。
「ミリッサ少佐!マイト軍曹!お久しぶりです」
「元気そうで何よりだ。今回の活躍は見事だったな」
「ありがとうございます!」
「お友達もお祝いに来てくれてるよ」
マイトが指差す先を見ると、ルリとアサギがいた。
「ルリ!アサギ!来てくれたのか!」
「あ、ああ……どうしてもお前が心配になってな………」
喜んで駆け寄るが2人とも何故か顔が青ざめている。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっと空の旅をしてきてな………人間があんなに跳躍するなんて信じられない………」
「おかしい。車があんな速度出せるはずない。あのスピードでなんで曲がれるんだ。車体が垂直になってるのに」
ルリは遠い目をし、アサギは延々と何かを呟いている。なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、ソラはしばらくそっとしておくことにした。
「では犯人達のことは我々に任せてくれ。教会の武器開発派のヤツらを徹底的に叩いてやるからな」
「よろしくお願いします」
トキはベリアに敬礼してこっちにやってくる。隊員達を集めて改めて労いの言葉をかけてくれた。
「みなさん、今日は本当にお疲れ様でした。あとのことは中央の方々にお任せしますので、今日はこれで解散です」
隊員達は晴れやかな顔で帰路につく。ソラはまだ気分の悪そうな友人達をどうするか考えた結果、自宅に連れて行く事にした。
「まあまあ。え?ルリ様?アサギ君も?大きくなって」
「まさかソラが2人を連れてくるなんて。どうぞどうぞ、あがってください」
ちょうど店の片付けの終わったソラの両親に出迎えられ、2人はあれよあれよと家にあげられた。
そのままリビングへ通され喜ぶ親達としばらく話をしていたが、最後はソラの部屋へと移動した。
「なんだか不思議ですねぇ。また3人でこんな風に話せるなんて」
「ソラの諦めない性格のおかげだな」
「ルリに褒められたからね。俺の長所です」
エッヘンと胸を張るソラにアサギが笑う。
「そういえばずっと気になってたんだけど。ソラ、ルリ様を呼び捨てって。敬語もやめてるし」
「ルリがそうしろって言ったからいいの。アサギも敬語やめなよ」
「そうだ。ルリでいいぞ」
「え?でも………」
アサギは戸惑うが、2人の勢いに押されて折れる。
「えっと……じゃあ、ルリで」
その日は10年間を取り戻すかのように3人で話し続けた。
「僕は教会の技術部をもっと開けたものにしたいんだ。技術者達もどんどん外に出て、人々の暮らしに直接的に関わっていかないと」
「政治に関わる貴族の人数は増えたが、もっと幅広い意見を取り入れないと。いつまで経っても偏った政治しかできない」
まるで昔に戻ったかのように、2人は目指す未来を語っている。
「2人とも相変わらずだね」
ソラは熱心に語る2人を嬉しそうに眺めていた。
「お前は成長したな。今や立派な町の駐在員だ」
「あのソラが軍人なんて信じられないよ。この町を見事に守ったんだから」
「へへへ。そうかな」
2人に褒められてソラは素直に喜ぶ。
「ソラはこれからもこの町にいて、みんなの暮らしを守っていくんだろうね」
「そうだな。たまにはここで3人で集まるのもいいかもな」
楽しそうにしている2人の間で、ソラは少しの違和感を感じた。
『この町にいて……ずっと………』
小さなひっかかりの理由はわからないまま、ソラの中にずっと残り続けた。
2ヶ月後。その日はアヤで毎年開催されるお祭りの日だった。
広場に様々な露店が出て人々が楽しんでいる。ソラは駐在員の仕事の一環で警備を担当していた。
「ソラ!久しぶり!」
せっかく祭りがあるからとヒスイに声をかけたら喜んでやってきた。トーカとクキの保護者コンビも一緒だ。
「凄い賑やかだな。来て良かった」
「そう言ってくれると嬉しいよ。俺は仕事があるから一緒に回れないけど、楽しんでいってね」
ヒスイは大きく頷くと「あ、あの店面白そう!」と走っていってしまった。慌ててクキが追いかける。
「本当に楽しそうですね。声をかけて良かったです」
「ああ。アイツは祭りなんて初めて来たからね」
「え?そうなんですか?」
アヤに越してきた時からほぼ毎年参加しているソラには、トーカの発言は驚くべきものだった。
「ヒスイは貧民街出身だからね。組織に入ってからもこんな所に来る機会なんてなかったし。だから誘ってくれてありがたいよ」
「そうなんですね」
ヒスイに会ってから、自分がいかに狭い世界で生きていたかを知ってばかりだ。ソラはそう思って落ち込んだ。
「俺は知らないことばかりです」
暗い表情になってしまったソラにトーカは優しく話しかける。
「全てを知ってる人間なんていないさ。大事なのは知ることを諦めないことだ。そしてそこから色んなことを考えてほしい。世界は全て繋がっているんだからね」
トーカがソラの頭に手を伸ばしかけて止める。
「おっと。ついつい。ヒスイにしてるから癖でね。それにしても背が高いね。ヒスイが羨ましがるわけだ」
はははと明るく笑うトーカに、ソラも笑顔になる。
「あまり子供扱いしてるとヒスイに文句を言われますよ」
「いや、もう言われてるよ。ダメだねぇ。いつまでも子離れできなくて。せめて今日くらい保護者をやめて、1人で祭りを楽しんでこようかな」
「ぜひそうしてください。美味しい物も面白い物もたくさんありますから。ゆっくり楽しんでいってくださいね」
「ありがとう」と言ってトーカは去って行った。ソラに言われた通りゆっくりと。祭りの雰囲気まで楽しむように。
「あ〜惜しかったね。はい。参加賞のお菓子だよ」
ソラが巡回しているとアサギの声が聞こえた。祭りの話をしたら、教会の技術部で参加したいと子供向けのアトラクションを用意してくれたのだ。
「大盛況みたいだね」
「あ、ソラ!」
やたら跳ねるボールを使った射的。立体映像と本物を見分けるゲーム。ロボくんとの追いかけっこ。見たことのない遊びに子供達は夢中だった。
「ラボの人達も生き生きしてるんだよ。自分達の研究で喜んでもらうのを、直接見ることなんてなかったからね。色んなイベントを企画しようって話も出てるんだ」
子供の頃、ルリの鳥を直した時と同じ笑顔でアサギは笑う。
閉鎖的なイメージのあった教会をどんどん変えていくアサギを、ソラは友人として誇らしく思った。
「ヤドのことがあるから全てというわけにはいかないが、今こそ教会を開けた組織に変えるチャンスなんだ」
「地上のことは無理にしても、政治への民衆の参加は何か方法があるはずなんです」
「軍も組織のあり方を変える声は上がっているようですよ。力に依存した今までのやり方より、貴族や教会ともっと連携していくことが大事だとね」
「………こんなトコでなんて話をしてるんですか」
ロウ、ルリ、トキがコップ片手に会場の片隅で熱く語り合っている。賑やかな祭りの雰囲気の中でそこだけ異質だった。
「やあ、ソラ君。いや何、一緒に飲んでるうちについつい議論が白熱してしまってね」
「ロウさん。お酒呑んでみたいに言ってますけどジュースですよね、それ」
「それぞれ立場の違う者同士、議論しあうのはいいことじゃないか」
「今のは議論というより言いたいことを言ってるだけだったぞ、ルリ」
「まあまあ、大人には色々吐き出したい時だってあるんですよ」
「それは構いませんが仕事してください、隊長」
今は休憩中だもんとトキに逃げられ、3人は再び議論なのかなんなのか分からない会話に戻ってしまった。
ソラは呆れてその場を後にするが、未来のために熱心に想いを語る姿は羨ましくも感じた。
「やあ、ソラ君。巡回ご苦労。いい祭りだな」
巡回に戻ったソラは女性に呼び止められる。一瞬誰だか分からず戸惑うが、私服姿のミリッサだと気づき慌てて敬礼する。
「少佐!お久しぶりです!」
「はは。今はプライベートだ。そんなに緊張しなくていい」
私服のミリッサは軍服の時より穏やかな雰囲気があった。
「少佐もお祭りに?」
「ああ。ヒスイ君に聞いてな。息抜きになるかと思って」
「そうなんですね。人がたくさん来てくれるのは町としても嬉しいことです」
「君は本当にこの町が好きなんだな。そうだ。組織の協力者の件だが、君はこの町で今まで通り駐在員として過ごしてもらうことになった。手を貸して欲しい時だけ来てもらうよ」
「そうですか……わかりました」
「浮かない顔だな?どうかしたか?」
町にいられると聞いて喜ぶと思っていたのに、ソラは複雑な表情をしている。ミリッサは不思議に思って聞いた。
「いえ。今回のことで自分の世界の狭さを実感したんです。この町を守りたいというのが俺の願いですが、このままでいいのかと。町を守るために、町を守るだけでいいのか………すみません。何言ってるかわかりませんね」
自分でもよくわからない気持ちを言葉にできず、ソラは困った笑いを浮かべた。
ミリッサはしばらく考えて、ソラの気持ちに答えを出そうと質問する。
「例えばこの町以外の全ての町が無くなれば、この町は存続できなくなるな」
「え?はい。そうですね」
「この世の全てはお互いに干渉しあっている。なら、この町を守るためには世界が良好な状態になくてはならない。それに君は気づいたんじゃないか」
ミリッサの言葉はストンとソラの中に落ちてきた。どこかで生まれた憎しみが、大きな火となりこの町を焼き尽くすかもしれない。どこかで生まれる悲しみは、この町でも生まれるかもしれない。
『世界を守るなんて大きなことは言えない。けど、知ることをやめたくない。この町の中だけを見て満足してるなんてイヤだ』
「少佐………」
「ん?」
「俺、どうすればいいんでしょうか?」
眼差しは真剣なのに言ってる内容は非常に情けなくて、ミリッサは笑いそうになる。
「そうだな。一度場所を変えてみるというのはいいかもしれないぞ。物理的なことだけではなく、所属、価値観、地位」
「場所………ですか。いったいどうすれば………」
「それは自分で考えたまえ。大丈夫。君ならやり遂げられるさ。諦めないのが君の長所なんだろう」
祭りの数日後の事務所。
その日、ソラは妙にソワソワしていた。
「ソラはどうしたんだろう。何か心配事でもあるのかな?」
「あら。お菓子食べたら落ち着くかしら?」
「いや、子供じゃないんすから」
クレナとヒワののんびりトークに、カナリがツッコミを入れている。
「あんた、また何かしようとしてるでしょ」
「え?リンドさん、何でわかるんですか?」
リンドが向かいの席からするどい指摘を投げてくる。
「あんたは分かりやす過ぎるんだって。まあ好きにすればいいんじゃない。末っ子が修行の旅に出てる間すら待てないほど、うちの隊は弱くないわよ」
「リンドさん………」
リンド流の優しさにソラは感動する。
先輩の後押しを受けて、ソラはトキの席に向かう。
「隊長!」
「ソラ君、どうしましたか?」
勢いよく詰め寄るソラに、トキは動じず応じる。
だが次の一言には隊の全員が耳を疑った。
「昇進って、どうやったらできるんですか?」
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