五重塔の涙

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     五重塔(ごじゅうのとう)の精霊との遭遇。それは大興奮の体験だったけれど、田舎の家に帰っても誰にも話さず、自分一人の胸に(とど)めることにした。「人に見られちゃいけない存在」であるならば、秘密にしておいてあげよう、と考えたのだ。  その後、また毎日のように「五重塔(ごじゅうのとう)の神社」まで足を運んだが、二度と彼女に会うことはなく……。  翌年の夏。  いつも通り北陸の田舎を訪れて「五重塔(ごじゅうのとう)の神社」にも行ってみたが、既に五重塔(ごじゅうのとう)はなくなっていた。  驚いて田舎の家の人に尋ねてみると、 「あの塔なら、地元の悪ガキが中で悪さするようになってね。もう使われてない施設だから、安全のため、この機会に取り壊そう、って話になったのさ」  と説明される。  わかったようなわからないような、少しモヤモヤした気持ちだったが……。「壊してしまった」と言われたら、それ以上どうすることも出来なかった。  当時まだ二重表現という言葉は知らなかったし、厳密にはそれとも少し違うけれど、それでも「悪ガキが悪さ」という言い方は、まるで「頭痛が痛い」とか「馬から落馬」みたいに聞こえて、妙に心に残るのだった。  その後。  小学生の高学年になると、中学受験のために進学塾へ通うようになり、夏休みも夏期講習。もう田舎へ行く機会もなくなり、そのまま私は成長したので、田舎の思い出もすっかり忘れていたのだが……。  先日、出張で京都を訪れた際、五重塔(ごじゅうのとう)を目にしてハッとする。田舎にあった「五重塔(ごじゅうのとう)の神社」を思い出し、あの時の女性についての記憶が蘇ってきたのだ。  当時は子供だったから想像も出来なかったけれど、大人になった今ならばわかる気がする。翌年に聞いた「悪ガキが悪さ」という話と合わせて考えれば、あの女の人が泣いていた理由は、おそらく……。  それ以来、雨上がりの空を見ると時々、彼女のことを考えてしまう。 (「五重塔の涙」完)    
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