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水恋の魔女
水上都市ベーネに住む喜劇作家のポッツォは、劇場支配人から新作を“悲劇”で書くよう言いつけられ頭を抱えていた。
ちょっと皮肉を効かせた、スパイシーな笑いなら今この瞬間も頭の中に沢山湧き出ていると言うのに、こと悲劇となるとそうはいかない。
喜劇が泉のように勝手に湧き出るのに対し、悲劇は枯れた井戸。
何か題材はないものかと何日も街をぶらぶらしていたが、一向に浮かぶ気配はなかった。
『――処刑? 誰が?』
『隣国に嫁いだ先代国王の娘だよ』
『可哀相に……なんだってまた――』
今日はもう諦めて家に帰ろうかと、ゴンドラの発着場に並んだ時だった。
ふとそんな会話が、同じくゴンドラの到着を待つ客から聞こえてきた。
処刑か。
貴族の処刑は民衆にとって最高に悲劇で喜劇だ。
俺も何度か題材で使ったが、どれも客は馬鹿笑い。
だけど当事者にしてみればそれは悲劇以外のなにものでもないわけで。
ポッツォは列から抜けると、その足を公文書館へと向けた。
あったあった。
これだ。
“刑罰年鑑”。
ポッツォは記録書の中身をパラパラとめくりながら、人気のない奥の一席に座った。
悲劇の題材になりそうな、処刑された者の罪状記録を眺めていく。こういう時は直感で選ぶといい。そういうものだ。
出来れば女がいい。
物語のある女の死は涙を誘うからな。
おお、これなんてどうだ?
――魔女セッティ、水乞いの罪により水問の刑に処す。
ああ、水乞いはいかん。
この都市でそんなことすれば大洪水間違いなしだからな。
あれは極刑、水問だ。水を呼んだものは水に溺れる。
――水星歴六八三年三月二十九日、農園の娘セッティを水問の刑に処す。彼女は三日三晩に及ぶ大雨が上がった後、さらに水乞いの魔術を使いベーネ壊滅の危機を引き起こした罪により処刑。
なんだ記述はそれだけか。
しかしなんだ。なぜ三日三晩の大雨の後にまた水乞いなんて。
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