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――第五幕
恋心が、彼女を狂気に走らせた。
もう半日なんて待っていられない。
早く、早くあの人を。
納屋の奥に、秘密の本があるのを知っている。
日照りが続き、どうしようもなかった時。
先祖代々その本を頼りに、農園を守るのは女の務め。
埃だらけの納屋の奥から、彼女は一冊の本を引っ張り出した。
ボロボロのページを開くと、そこだけ擦り切れたように使われた形跡がある。
それは、水乞いの魔術。
魔女術なんて見つかったら大変だけど、でも仕方ないの。
雨が降って、止まないと、彼には会うことが叶わないから。
書かれたレシピ通りに香を焚く。
知らない神に祈りを捧げる。
祈りの言葉は意味が分からない。
だけど彼女は誰よりも強く願った。
あの人に会うために!
空よ! 風よ! 雲よ! 豪雨を連れて来て!
嵐で街を包み、白煙のような雨を降らせて!
そして半日したら嘘みたいに晴れるの。
そしてあの人はここにやって来て、私に愛の告白をしてくれるんだわ。
彼女の魔術が効いたのか。
それとも彼女の声を天が聞いたのか。
三日三晩降った雨の後、太陽は三時間だけ姿を見せると、あっという間に黒い雲に隠れてしまった。
ただでさえ高い水位。四階部分にあった納屋は沈んでしまった。
もう五階まで水面が迫っている。
舟を結ぶロープは引き千切れ、オレンジの木は花を付けたままどこかへ流されていった。
家畜が溺れ、沈んでいく。
使用人の階層は流され、屋上でみんな身を寄せ合って震えている。
誰かが足を滑らせ落ちたけど、誰もそれを助けられない。
少女は六階の自分の部屋で、豪雨を眺め恍惚の中にいた。
「セッティ、セッティ! 我が娘よ! お前は何をしたのだ!」
「お父様、見て。雨よ。雨が上がると、何が起こるか知っている?」
「何が起こるかだと? 馬鹿者、お前には今何が起きているかが見えないのか! 皆流された。人も家畜も作物も。ああ、今度は建物も流されていく。お前はその本で何をしたのか!」
「何を? 水乞いよ。ああ、早く止まないかしら。雨上がりはあの人を連れて来るの」
翌日、雨は止んだ。
警ら隊は来なかった。
何もかも流され、ここまで見回りに来れなかったのだ。
その代わりやって来たのは異端審問会。
恋するセッティは、父親によって突き出された。
娘は魔女だ。魔女術を使ってしまった。
多くの命を奪い、何もかも流してしまった。
どうか娘を連れてってくれ。
そして神の裁きを。
奪われた命の償いを。
恐ろしい。恐ろしい。自分の娘が恐ろしい。そして哀しく、愛しい。
娘よ、私はお前を見送ったら、一緒に旅立とう。
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