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「誰だい。河が増水するから危ないよ」
フイキは大声で呼びかけた。すると、向こうの声も答えた。
「フクエが来る日なんです」
フイキは震撼した。それは声音も内容もスヤのものだったからだ。
「スヤ、何を言っている。危ないから帰っておいで」
「いいえ。フクエはここしばらく、私の夢見に出てきては、夜、河べりに来てねと言っていました。そこで私は娘のために来たんです」
スヤは静かに言った。大雨の中だが、透き通るようなその声はなぜかしっかりと聞き取れた。
フイキには、黒い視界にはっきりとフクエのあの静謐な面差しが浮かんだ。
スヤはこれまで一人、フクエを待ちながら生きてきたのか。ずっと一人を貫いたのもそのためか。
スヤはフイキの二つ下で、幼い頃からの遊び友達だった。それぞれが結婚し家族を設けたのちはあまり親しくはなくなったが、いつもどこかスヤのことは気にかけていた。妹を気づかうように。
遠くで雷鳴が聞こえ始めた。
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