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「フイキ、しっかりしろ」
呼びかけられて気が付いた。妻のミアサのほかに数人の村の男たちがフイキの水を吐かせていた。ミアサは息を吹き返したフイキに覆いかぶさるようにして泣いた。
「いや、待て。スヤが、川に呑まれている。それも早く探せ」
フイキはかすれる声で伝えた。
雨はやみ、月さえが冴え冴えと雲間から姿を見せていた。他の男たちも総出で、スヤを探しはじめた。
ミアサがかたわらで泣いている。
フイキはスヤの「それから」の先を想像する。そして今度は熱い涙が頬を伝った。
スヤの思いには気づいていなかったわけではなかったのだ。どこかで心に蓋をしていた。
スヤはそんな自分を許すばかりか、あまつさえ死んだのがフイキと自分との子でなかったことを──そう、もし自分がフイキと一緒になっていたら、フイキが子を亡くしていたに違いないと考えて、そうでないことに安堵してくれていた。いや、彼女にとっては唯一の救い、あるいは慰めかもしれなかった。
そしてフイキは、月明かりばかりか、空から多くの星が降ってくる様を目にした。
スヤはもう亡くなってることをフイキはそれを見て知った。
フイキの目には、後に流星群と呼ばれることになる光の雨が、フイキたちの妻や子らへの祝福のように思えた。
いつまでもスヤの優しさに涙が出て止まらなかった。
それは何万年も昔、武蔵野の縄文集落で起きた、ひとつの切ない事件だった。後世に伝える手段も持たなかった民たちの、思いやりと仲間意識と愛の風景であった。
終わり
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