第30話「死の予感」

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第30話「死の予感」

 ルクスの部屋はまさに女の子って感じだった。  広さは俺たちと変わらない。間取りなんかは同じだ。  ただ、あまりにも女の子をしていた。  子供っぽさを覚えてしまうくらいに。   「……可愛い部屋だね」 「み、見ないでください!!」    と俺の前で慌てるルクス。部屋に入れといて見ないで下さいって……それは無理があるだろう。    部屋には可愛い動物のぬいぐるみが沢山置いてある。クマにうさぎに……彼女はいつもクールな印象だが、今はそんな雰囲気が無かった。いつものクールな姿は取り繕っているのだろうか……俺と同じように。    【……俺と同じように】   「……ふぅ、なんの御用でしょうか」 「今取り繕ったってもう遅いよ」 「……」    いつものクールな印象では無かったから、  思わず冷静にツッコんでしまった。   「しかし、アスフィ……あなたからも同族の匂いがします」 「……何言ってるのかわかんないよ?」 「……はぁ……まぁいいでしょう。要件はなんですか」    そうだ、おれはこんなことをしに来たのでは無い。  ルクスを問い詰める為にここに来たんだ。  自分の目的を思い出し、再びルクスを見る俺。  今のルクスは可愛い部屋着だった。  いつもの黒のローブでは無かった。  ピンクで水玉の……あれ? どこかで見覚えがある部屋着だな。    あ……。   「エルザと同じ服だね」 「…………はやく本題を」    ルクスは顔を真っ赤にしていた。エルザのおさがりかなんかだろうか?   「……あっ! なるほど! 小さい時のエルザの服だね! 今のエルザのサイズは流石に入らないもんね!」 「……小さい?」    流石にそろそろ怒られそうなので、本題に入ることにした。   「昨日の夜の話なんだけど……もしかして聞こえてた?」 「……な、なにがですか?」 「……声」 「なんのでしょうか。私は何も聞こえていませんよ。ベッドが軋む音なんて聞こえていません」 「……」 「………………あっ」    ルクスもまた隠し事が下手なやつだった。    ***    彼女の名はルクス・セルロスフォカロ 二十一歳。  彼女は綺麗な白髪にショートカット。  身長は俺と大して変わらないほど小さい。  そして特徴的なのは、吸い込まれそうな赤い目である。  白髪に赤い目、常人には見えないその人を寄せつけない容姿から彼女は『白い悪魔』と呼ばれ、恐れられてきた。  そんな彼女が先生としてやってきた。  最初聞いた時『白い悪魔』という異名に俺は納得した。  俺は一度死にかけた……いや、死んだ。  何度も死に、その都度生き返るような……そんな地獄を見た。その地獄を忘れた訳では無い。そして、その地獄を見せた張本人が今俺の目の前にいる……ピンクの水玉の部屋着を着た女の子だ。    俺はルクスの部屋のある部分に注目した。  それは以前俺たちの部屋にあったモノ。  ガラス張りの風呂である。まさかルクスの部屋にもあったとは……。今の俺たちの部屋にそれは無い。  レイラがエルフォードに頼み込み、部屋を変えさせたからだ。   「……ねぇ、ルクス」 「はい、なんでしょう?」 「僕はもうこれで失礼するよ。聞きたいことは聞けたしね」 「……え? そうですか。すみませんでした。聞こうと思っていた訳ではなかったんです。少し興味本位で……」    ルクスは『聞こえてきた』ではなく、『興味本位で』と言った。つまり壁に耳をあてて聞いていたのだろう。  この城はとても広く、それでいて作りもいい。  当然のように部屋の壁は分厚く防音仕様である。  だから本来普通にしていれば、隣の声が聞こえるなんてことは無いのだ。壁に耳を当てなければ。   「分かってるよ。それじゃあね」 「はい。ではまた明日」 「……あ、そうそう――」    俺は部屋を出る直前に、ルクスに言った。   「ルクスすごく臭うから、今すぐシャワー浴びた方がいいよ」 「……え。ほんとですか」    くんくんと自分の体を臭うルクス。  さっきシャワーを浴びたばかりなのですが、と言うルクス。  当然いい匂いだ。臭くなんてない。   「それじゃあね~」 「はい、ありがとうございます」    恐らく指摘して頂きありがとうございます、という意味なのだろう。俺は少し心が痛む。だが、これで痛み分けだ。彼女は俺たちの声を聞いていた。それも壁に耳をあてて聞いていたのである。それは許されることじゃない! よってこれは罰だ!    俺はルクスの部屋を後にした。    ……フリをしてルクスの部屋の扉に耳を当ててみた。   「あれ~すんすん……さっきシャワー浴びたばかりなのに~。仕方ないもう一度入ろっと」    そんな声が扉の奥から聞こえてきた。  よし、作戦成功だ。  ……なんか悪いことしてる気分だ。    そしてシャワーの音が聞こえてくる。鼻歌まで聞こえてきた。あのクールな印象のルクスがシャワー中に鼻歌を……?  部屋着のルクスを見るまでは想像出来なかっただろう。  俺は部屋の中に入った。   「お、おおおおおおおおおおおお! ……しまった――」    おれは慌てて自分の口を抑える。  以前これでレイラの風呂を覗いていたとき、  バレていたみたいだからな。俺の声が丸聞こえだったらしい。今回は注意しなければ。    …………セーフみたいだ。機嫌よく鼻歌を歌っている。  ……さて、観察するとしよう。  ルクスは鼻歌を歌いながら髪を洗っていた。  綺麗な白髪が水に濡れ、光り輝いてみえる。  そして、なんと言ってもその白い肌である。  ルクスが『白い悪魔』と呼ばれているのはなにも、髪や目だけではない。その常人離れした白い肌も理由の一つである。  しかしおれはそんな白い肌が魅力的に見えた。   「……おおー……おおおおおおおお」    なんと言ってもこれだけは外せない。視線が外せない……!  外そうにも吸い込まれてしまうのだ。  その綺麗な白い肌には小さい二つの山があった。  レイラのような巨山ではない。  大きさではない。形が綺麗な小山だ。  ローブで隠れていたから、分からなかった。  そのローブの内側にはこんな素晴らしいものがあるなんて。  控えめではある……だがそんなものはどうでもいいとさえ思わせてくれる、そんな情景がそこにはあった。   「素晴らしい……これは素晴らしいっ!!」    俺は内側からは見えない逆マジックミラー仕様をいいことに、ガラスに張り付いて見ていた。  だが、このガラス張りの風呂には一つ欠点がある。  それは曇ってあまり良く見えないことだ。   「くっそぉ~! よく見えないぃぃぃぃあとちょっとなのにぃぃぃぃ……今度エルフォードさんにこっそり頼んでみるか? ルクスの部屋のシャワー室に曇り止めを施すようにと……そうだそれがいい!! 今度頼んでみよう!」    こんな素晴らしいものをよく見れないのはおかしい。  これは財産だ……国の宝だ! よく見ないとルクスにも悪いじゃないか。本人は俺たちに罪悪感があるみたいだしな。  レイラには俺を殺そうとしたこと。  俺には壁に耳を当て俺とレイラの声を聞いていたこと。  なら今回のことは痛み分けだ……よし俺は悪くない。  いっそエルフォードさんにも見させてあげようか。  いやダメだ……あの人はエルザ一択の親バカだ。  それにこれは俺のものだ。この宝は俺一人のものだ。   「俺は悪くない、そう俺は悪くないんだよ」  「………なにが悪くないって?」 「いやだから、これは痛み分けだから俺は――」    と言いかけたところで誰かに声をかけられたことに気づいた。聞き覚えのある声。感情のこもっていない声。静かな怒りを感じる声。   「……俺は……悪く………ない」 「へぇ~そうなんだぁ。でもここってレイラ達の部屋だったっけ~?」    声の正体はレイラだった。俺は恐る恐る振り返ってみた。  そこには顔が全く笑っていないレイラがいた。  真顔! 全く感情が読み取れない……いや怒ってるなこれ。   「……やあレイラ、遅かったね。マッテイタヨ」 「ごめんねアスフィ遅くなって……それでもう一度聞くけどここレイラ達の部屋だっけ~?」 「……ソウダヨ」 「……ふーん」    ……これは死んだかもしれない。  せっかく仲直りしたのにまたこれだ。  謝ろう……! すぐ謝ろう! 今謝ろう……!  今すぐ謝れば、それなら許してくれるかもしれない!   「ごめんなさい! ごめんなさい!」 「なにが? ねぇアスフィなにが?」 「……覗いていてごめんなさい……」 「誰を……?」 「……ルクスを」 「へぇ~そっかそうなんだねアスフィ」    俺は死を覚悟した。謝った俺は確かに謝った。  だがそれでいて言葉を誤った。   「……ねぇルクス~? アスフィにシャワー覗かれてるよぉ~~~」    レイラは鼻歌を歌い機嫌よくシャワーを浴びているルクスに向かって、ルクスにも聞こえる程の声量で声をかけた。   「……え、その声レイラ……さんですか? ……え? アスフィが?」    シャワーを止め急いでタオルを巻き、状況を確認しに来るルクス。その間俺はと言うと、レイラにそこを動いたら殺すという目で見られ、おれはまだガラスに張り付いたままだった……。   「……ホントにいる……なにしてるんですかアスフィ……」 「や、やぁルクス。風呂は気持ちよかったかい?」    俺は再び死を覚悟した。  俺に飛んできたのは平手打ちだった。  それも二回。右と左に強烈なのが。両者お怒りのようだ。  さてさて、俺は一体この後どうなるのやら……。   「……ごべんなざい……」    俺の頬は膨れ上がっていた。
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