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第33話 「『白い天使』」
ルクスは自分の人生を語り終えた。
俺は途中寝そうになっていたが、頑張って耐えた。
というより、俺が寝そうになった瞬間ルクスにつねられた。
ルクスを…… ルクス・セルロスフォカロという一人の女性を俺は甘く見ていたのかもしれない。一言で言うと、過酷な人生だ。
俺とあまり変わらない歳からゴミを漁っていたのか。
そうしないと生きられないから仕方なかったとはいえ、それでも俺は同情せざるを得ない。
「……大変だったんだな」
「……それなりにですね」
「レイラの父さん良い奴じゃないか。俺はてっきり家を飛び出したのは女遊びの為とかそんなんだと思っていたけど」
「……アスフィじゃないんですからははは」
俺は結構マジで言ったのにルクスに茶化された。
まあ確かにそうだな、俺じゃないんだし。
あれ? でもレイモンドがヒューマンって……てことはレイラは獣人と人間のハーフなのか。知らなかった。
「ルクスは私をどう思いますか?」
「可愛いと思う」
「……そ、そうじゃなくて」
ルクスは照れていた。どうってそれは……
「少なくとも人間だよ。『悪魔』なんかじゃない」
「そう、ですか。ありがとうございます」
俺とルクスはただただ見つめあった。
こんな可愛い子が悪魔なんかでたまるか。
ルクスが悪魔なら俺はなんなんだ。
俺の力はなんなんだ。おれは……何者なんだよ。
【お前は俺だ】
「……大丈夫ですよ、アスフィも人間です」
「さっき人間じゃないとか言っていたのにか」
「それは……すみません。私はまだ、あなたの力が怖いんですアスフィ」
無敗の記録を破ったから……とかでは無いんだろう。
俺の中に感じた『闇』というものが怖いのだ。
でもそれは俺が一番怖いんだよルクス……俺は人間じゃない。それを今は確信している。比喩でない。本当に『人間』ではないのだ。
「……分かった、話してくれてありがとうルクス」
「いえ、私の方こそありがとうございます。アスフィに人間と言われて少しうれしかったです」
そう言って笑うルクス。
それなら良かったよ。そうだ……お前は人間だ。
俺に比べれば普通に人間してる。少なくとも『中身』はな。
「さて……じゃあ俺は……僕はどうしようかルクス」
「………さて、どうしましょうか?」
俺は再びいつもの口調に戻す。
俺たちはベッドの上に座りお互いに見つめ合い笑った。
レイラがまだ怒っている事実は変わらない。
時間は昼を過ぎ夜になっていた。
俺は今日まだ何も食べてない……。
だが城で食べるとなるとレイラと顔を合わせることになりそうだ。
俺は今、相当嫌われていることだろう。顔を合わせるとレイラが怒りそうなのでそれは避けたい。怒りそうで済めばいいが……最悪ボコボコにされそうだ。今のレイラならしないとは限らない。剣術修行を積んでいるレイラの力は着実に上がっている。そんな力で殴られればヒールがあるとはいえ死ぬかもしれない。即死はまだ経験していない。
最悪、『ハイヒール』でも回復出来ないかもな……。
そう俺が悩んでいるとルクスが提案してきた。
「では街へ出て食べに行きましょうか」
「……え?」
俺はルクスにデート? に誘われた。
「やったぁぁぁぁあ! デートだぁぁあ!!」
――ドンッ
隣の住人がお怒りの様だ。……ってそれレイラじゃん。
「レイラさんお怒りのようですね」
あれー? おかしいなぁ。ここって防音仕様だよね?
レイラもしかして壁に耳つけてんな?
俺とルクスが何話してるのか気になってるのか……。
「なんだ……ちょっと気になってんじゃねぇか」
「ははは……後でレイラさんには『デート』ではないとお伝えしておきます。行きましょうアスフィ」
ルクスはそう言って笑う。
俺は今日ルクスの初めてを沢山見た気がした。
先生としてのルクス。そして一人の女の子としてのルクス。
笑った顔は今日初めて見た。出会ったばかりの頃はクールな印象って感じだった。『白い悪魔』と呼ばれていることに俺も納得していた。だが今俺の目の前にいる女の子は、
確実に『白い悪魔』ではなかった。
俺たちはレイラにバレないようこっそりと部屋を出た。
***
夜のミスタリスの街は相変わらず綺麗だ。
特に夜の噴水がとても神秘的で俺は好きだ。
以前ここの近くの椅子に座っていたら、エルザに話しかけられたっけか……それもレイラの事で悩んでいた時だ。
俺たちは噴水近くの椅子に腰掛ける事にした。
「……はぁ、俺はレイラに迷惑ばっかかけてんな」
「大丈夫です、きっと仲直りできますよ」
そうだといいんだがなぁ。
そう思っていると、ルクスは手を繋いできた。
「……な! ななな!?」
「さぁ、アスフィ早く行きましょう。私もそろそろお腹が空きました」
そう言って手を繋ぎ、椅子を立つルクス。
ルクスの手は柔らかかった。
「……これが『白い悪魔』……ね」
誰がつけたのかは知らないが俺は文句を言ってやりたい。
全然悪魔なんかじゃない。恐らくルクスは、元は凄く笑う女の子だったのだろう。それを大人達のせいであんなクールな印象になったんだ。レイモンドと言う男はよくやったよ。
あんたのお節介はちゃんと娘にも受け継がれてる。
ちょっと過保護すぎる部分あるけどね。あと怒ると怖い……ものすごく。
「ルクスは『白い天使』だな」
「……え?」
「いや、少なくとも俺はそう思ってさ」
「……そう……ですか」
顔を赤くして下を向くルクス。
なんだか手を繋いでいる力が強くなった気がした。
「しかしあれだな……こんなとこ誰かに見られたら大変だな俺たち」
「大丈夫です。今頃レイラさんやエルザ達は城で食事をしている時間ですから」
まっ! それもそうだな! だったら大丈夫か!
さすがにこんな手を繋いでいる所を見られでもしたらもう言い訳がつかないよ……はははは。
「――おお! ルクスとアスフィじゃないか!」
またしても空気の読めないお嬢様がそこにいた。
エルザはルクスが着ていたモノと同じピンクの水玉の部屋着姿でこっちに向かって走ってくる。
おーーーーーい、と大きな声で叫びながら。
その声に周りの住民は『あれ? 王女じゃねえか?!』とか『こんな時間にどうして王女様が!?』とか様々な声が飛び交っている。……つまり目立っている。
やめてくれ……なんだかこっちまで恥ずかしくなる。
俺は最近感じている。このお嬢様もしかして、
『空気の読めない才能』をお持ちなんじゃないかと。
そして手を振って走ってくるお嬢様がご到着だ。
「やぁ! 朝食も食べにこないから心配したんだぞ! ……ん? ルクスその手はなんだ?」
「え? ……あ、ああ!」
指摘され、勢いよく繋いでいた手を振りほどくルクス……痛い。
そしてやけに勘がいいお嬢様は、
「なぜ手を繋いでいたのだ? ……ま、まさかルクスまで……」
「……いえちが――」
「子を作るつもりなのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
エルザは街に響き渡る声量で喋った……いや、叫んだ。
「おい! バカお嬢様! 声がでかい!!」
「誰がバカお嬢様だ! 私は女王だぞ!」
街の住人からは『なにそれ?』とか『女王様結婚するのか!?』とか様々な憶測がまたしても飛び交う。
それは事実とは全く異なる形で広まっていく。
「ほら! お前が叫ぶから俺たち変な勘違いされてんだろ!」
「…………なぜだ?」
「いやだからお前が叫ぶから!」
「いや、私が聞いているのは――」
「なぜ猫を被るのをやめたんだと聞いているアスフィ」
「……あ」
「どういう心境の変化なのだ? 以前私は聞いた。だが、あの時はあえて追及しなかった。答えてくれそうになかったからな。だが、なぜルクスといるお前は今、猫を被らない?」
エルザ・スタイリッシュ。この女はとても謎である。
バカだと思っていたら、急に人が変わったかのようになる。
切り替えの速さが異常すぎて、もはや別人格があるようにも思える。勘が鋭すぎて俺はこの女が正直怖い。
「ルクスのおかげだ」
「……なに? ルクスの?」
「こいつは俺の『同族』だからな。なんだか安心する」
「うむむ? つまりどういうことだ?」
「つまり? うーん……つまり…………俺の『白い天使』だ」
「…………白い……天……使」
ルクスは顔を真っ赤にし顔を手で覆う。
対照的にエルザはポカーンとした顔で立ち尽くす。
そしてエルザは口を開く。
「よく分からんが……天使? なのか」
「……ああそうだ。ただしただの天使じゃない。
『白い天使だ』。よく覚えとけバカお嬢様」
「……………………レイラ……に言わ……言わ、言わなければ……」
「好きにしろ。俺は事実を言っているからな、何か問題があるのか?」
エルザは爆速で走って城に戻っていった。
ルクスはまだ顔を手で覆っていた。
そしてしばらく経って口を開く。
「……アスフィ……僕たち逃げよう」
「……え? なんで??」
「…………僕たちこのままだと死んじゃう」
ルクスはいつもの敬語ではなかった。
そして一人称が『僕』になっていた。
恐らくこれがルクス・セルロスフォカロの『素』なんだろう。でもなぜ『素』に戻ったのか。ルクスはこの時、過去一焦っていた。それも『素』が出てしまうくらいに。
「なんで逃げるんだよ」
「……分からないの? 僕達手を繋いでいるところを見られたんだよ!? それだけじゃなくて君は……君は僕のことを『白い天使』と言い出した!」
「それのなにが悪いんだよ、事実だし」
「『白い天使』……ミスタリスでこれは、告白する時に使われる言葉なんだよ!」
「へ?」
ルクス曰く、どうやらこの国では『君は僕の白い天使のようだ!』と言って告白する者が居たらしい。それ以来、この国では告白だけでなく、結婚を誓う際にもこの言葉が使用されているらしい。つまり俺は今、エルザの前でルクスに告白したとい事になる。もちろん事実では無い。
だがそれでもあのお嬢様を勘違いさせるには十分過ぎる理由だった……。もちろん小さな村の田舎育ちである俺は知るわけが無かった。
「…………………………ルクス」
「……うん」
「…………逃げよう」
「……うん」
こうして俺とルクスはミスタリス王国を出ることにした。
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