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降りしきる雨の中、玄関から外に転がり出る。
もと来た道を逃げ帰ろうとしたが、泥濘に足を取られて激しく転倒してしまう。
「逃げるなよぉ、友達だろぉ」
幽煙の声が追ってくる。違う、これは幽煙ではない。人間ですらない。得体のしれない存在が、その声色をまねているだけだ。
玄関先に、人影が佇んでいる。
幽煙の衣服を身に着けた”黒”が、じっとこちらを見つめている。
何故か、こちらまでは追いかけてこなかった。
天を仰ぎ、俺は理解する。
雨。
そう、雨だ。
墨であるヤツは、身体が液体に溶けてしまう。
この雨の中までは追ってくることが出来ない。
「……ハッ、ハハッ」
泣きだしたような笑い声が自分の喉から漏れ出ていた。
助かった。これなら、なんとか逃げ切れる。
あの恐ろしい”墨”から。
ククク、と誰かが笑った。
その声は、何故か俺の足元から聴こえていた。
視線を落とす。
そこには地面があるだけの筈だった。
雨に濡れた土と、闇をうつす大きな水たまり。
その水たまり……いや水に溶けた墨は、果てしなく黒かった。
「書いてくれないのなら仕方ない……貰うよ、お前の”黒”も」
大地に染みた雨に溶け、大きく拡がったそいつは、俺の耳元でそっと囁いた。
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