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作業に慣れて、気が緩み始めていたのだと思う。
ロープの点検が不十分だった。痛んでいた一点に負荷が集中して、吊り上げようとしていた作業員の体重に耐え切れず、ロープは切れた。
その作業員というのは、私だった。
それは一日の終わりごろだったから、私が救出されたころには真っ暗になっていた。
大変な騒ぎのあとで、私は避難所の一角に横たえられた。
両脚が折れていた。
こうした怪我を治療できる者などいない。添え木をして汚い布で固定しただけだ。
「おまえは馬鹿なのか?」
今までで一番いらだった声で、女は私を見下ろしてそう言った。
「違うんです。ロープを上で握っていたのは私で、私がしっかりしていればエサウ様は……」
兵士の一人が、女に向かってしどろもどろに言う。
「それは違う」
私と女が同時に兵士を遮る。
「こいつの指揮で起こったことはこいつの責任だ。そもそも、事故の可能性があるなら、こいつは安全なところにいるべきだったのだ」
ぐうの音もでない正論だった。付け加えることもないので、私は女に言った。
「ひとつ、おまえに頼みたいことがある」
そう言って私は、隠し持っていた一つの鍵を、ふところから取り出して女に差し出した。ひるんだように体をそらし、女は受け取ることを拒んだ。
「宝物庫の鍵だ。そもそも、それのために王宮に忍び込んだのだろう」
「なんのつもりだ」
「西の港へ行き、海の民から小麦と家畜と手に入るかぎりの種子を買え。宝物庫から持てるかぎりのものを持ち出して支払いにあてろ。荷駄隊をやとって
大量輸送しろ。港を空にするつもりでやってかまわない」
「私にそんな取引ができる信用があると思うのか?」
「鍵を見せてやれ。私から預かったと言え」
「おまえは頭も打ったらしいな。なぜ私を信用できる」
「おまえは私の死にざまを見たいのだろう? だから必ず帰ってくるはずだ」
「ありえない。おまえは頭がおかしいのだ」
そう言いながらしかし、女は鍵を受け取った。
「……ラケル」
うつむきながら、ぼそりと言った。
「私の名だ。すぐに帰ってこれるかどうかわからん。勝手に死ぬなよ」
背中でそう言うと、乱暴な足取りで女は立ち去っていった。
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