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私と女がいたのは、王宮の一郭をなす四つの尖塔のうちのひとつだ。王宮自体は完全に水没し、皆、尖塔に避難していた。私は塔内を見て回ったが、私以外は皆死んでいた。喉や胸を、刃物で切り裂かれて。
「これは、おまえがやったのか」
私は女に尋ねた。
「ああ、盗賊だからな」
なんでもないことのように女は答えた。
「なぜ私を生かした」
そう問うと女は微笑んだ。獣が牙をむくような笑みだった。
「おまえは私をおぼえているか」
「たぶんおまえは、私が十歳のときに街で私に石を投げつけた子供だ」
「そうだ。護衛が私を殺そうとするとお前はそれを制止し、食べ物を与えるように命じた」
「それが理由か」
「ああ。私は確かに飢えたみすぼらしい貧民だったが、憎んで止まない相手に情けをかけられることが、どれほど屈辱だったか……いや、おまえにはわかるまいな。おまえは、王家に連なるものだろう?」
「外戚の末端だ。何者でもない」
「それでも、食うために盗んだことも奪い合った経験もないことに変わりはあるまい」
「食べるため、ならばな」
権力の近くでは、案外あっさりと人が死ぬ。身に覚えのない罪を着せられることもあるし、暗殺されることも日常だ。だが、私はそんな話はしなかった。どうせ伝わりはしない。
「私はな、ずっとこういう機会を待っていたんだ。おまえを絶望の中に放り出し、自分が他の誰もと変わらない、無力で無価値な存在だと思い知らせる、そんな機会をな」
そう言って女は私を見た。美しいと言える顔立ちだ。だがその瞳の奥には、静かな怒りが揺らめいていた。
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