四十日四十夜の後

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 実際には、女に言ったほどに覚悟ができているわけではなかった。  後世から非難されるならまだいいのだ。王都の生き残りの集団が全滅すれば、私たちのこの苦闘さえ歴史の波の下に消えてしまう。  なんとかしてつなぎたかった。  命を。  女にはあっさりとした顔を見せたが、私は必死だった。  外戚の末端。私は女にそう言った。  掛け値なくほんとうのことだ。父にとって私は、使い道のない余分な子供だった。 ――お前のような無意味な者にも飯を食わせている。  感謝を示せ、と頭を踏みつけられながら言われたことがある。  そんな扱いを受けながら王宮を離れなかったのは、なにか立派な理由があったからではない。  ただ怖かったのだ。  一人のただの男として、自分の真価を問われるのが。    私は空っぽだ。  女に言われるまでもなく、私は絹の衣をまとったでくのぼうにすぎない。  何かを成し遂げたこともなく、褒められたことも愛されたことも恐れられたこともない、透明な存在だった。  だから、私は必死だった。  ぼろが出ないように、自分の正体を皆に見抜かれないように、必死でそれらしい人間としてふるまった。    もちろん、そんな生き方がいつまでも続くわけがない。  二週間後、三つ目の井戸を浚う作業の過程で、私は失敗をした。            
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