四十日四十夜の後

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 本来なら冬至の祭りの準備で騒がしいはずのころのある夕方、監視の兵士が西から近づいてくる騎馬の人影に気づいた。何事かと思うほどのかけあしだったので兵士は身構えたが、やがて見知った女であることに気づいたという。  ラケルであった。  私は水の引いた広場の片隅で火の番をしていた。  私の両脚は、腐り落ちもせずにまだつながっている。ただ、歩くのがつらいだけだ。 「最初の荷駄隊があと三日ほどでつく……まずは当座の食料だ……種子を積んだ荷駄が数日遅れて来る……家畜は……いつになるかまだわからん」  ラケルは私の隣にどかりと腰を下ろし、乱れた呼吸を整えようともせずにそう言った。冬だというのに汗まみれだ。 「あまり馬をいじめるな。おまえが急いで帰ったところで何も変わらないではないか」 「はやく帰れと言ったのはおまえではないか!」 「いや、そんなことは言ってないが」 「自分が死ぬ前に帰ってこいと!」 「言ってないぞ」  ラケルは何か言い返そうとしたようだが、顔を赤らめてその何かを飲み込んだ。 「まず、これを返す」  しばらくの沈黙の後、女はそう言って宝物庫の鍵を差し出した。  盗賊のくせに律儀なものだ。 「脚は治ったのか」 「見てのとおりだ、ちゃんとつながっている」 「それは残念だ」 「追放された先王の子の一人に、ラケルという名があった」  私は、やや唐突に言った。彼女が帰ってきたら、確かめたいとずっと思っていたことだった。 「だから何だ? 先王はもう死んだぞ」  彼女はそう言った。やがてぽつりと付け加えた。 「そんなのはどうでもいいことだ」 「そうか」 「そうだ」 「任務を果たして帰ってきてくれたこと、感謝する。ありがとう」  何か言い返すかと思ったが、ラケルは舌打ちをして横を向いただけだった。 「私はこれから死ぬ。これからも苦しんだり後悔したりするだろう。おまえは私がそうして死ぬまで、私のそばにとどまる。そういうことでいいか?」 「おまえは私を処刑する必要があるぞ。王族とお前の血族、十四人を殺したのだから」 「先王とその血族に対して、私の一族も同じ罪を負っている」 「別におまえが殺したわけではないだろう」 「だが、誰かが歴史に刻み、背負っていかなければならない」 「ご立派なことだ。王にでもなるつもりか」 「そうだ」  私はあっさりと言った。ラケルは私の顔をまじまじと見つめた。 「狂人め。せいぜい苦しんで死ぬがいいさ」 「ああ、そのつもりだ」  おまえのような女がそばにいてくれるなら、きっと乗り越えていけるだろう。  そう思ったが、まだ口にはしなかった。  ラケルはまだぶつぶつと文句を言っていたが、私の隣から離れようとはしなかった。  焚火がぱちぱちと歌っていた。  顔を上げると、崩れたままの城壁。  その向こうに、夕日が沈もうとしていた。                               了      
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