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本来なら冬至の祭りの準備で騒がしいはずのころのある夕方、監視の兵士が西から近づいてくる騎馬の人影に気づいた。何事かと思うほどのかけあしだったので兵士は身構えたが、やがて見知った女であることに気づいたという。
ラケルであった。
私は水の引いた広場の片隅で火の番をしていた。
私の両脚は、腐り落ちもせずにまだつながっている。ただ、歩くのがつらいだけだ。
「最初の荷駄隊があと三日ほどでつく……まずは当座の食料だ……種子を積んだ荷駄が数日遅れて来る……家畜は……いつになるかまだわからん」
ラケルは私の隣にどかりと腰を下ろし、乱れた呼吸を整えようともせずにそう言った。冬だというのに汗まみれだ。
「あまり馬をいじめるな。おまえが急いで帰ったところで何も変わらないではないか」
「はやく帰れと言ったのはおまえではないか!」
「いや、そんなことは言ってないが」
「自分が死ぬ前に帰ってこいと!」
「言ってないぞ」
ラケルは何か言い返そうとしたようだが、顔を赤らめてその何かを飲み込んだ。
「まず、これを返す」
しばらくの沈黙の後、女はそう言って宝物庫の鍵を差し出した。
盗賊のくせに律儀なものだ。
「脚は治ったのか」
「見てのとおりだ、ちゃんとつながっている」
「それは残念だ」
「追放された先王の子の一人に、ラケルという名があった」
私は、やや唐突に言った。彼女が帰ってきたら、確かめたいとずっと思っていたことだった。
「だから何だ? 先王はもう死んだぞ」
彼女はそう言った。やがてぽつりと付け加えた。
「そんなのはどうでもいいことだ」
「そうか」
「そうだ」
「任務を果たして帰ってきてくれたこと、感謝する。ありがとう」
何か言い返すかと思ったが、ラケルは舌打ちをして横を向いただけだった。
「私はこれから死ぬ。これからも苦しんだり後悔したりするだろう。おまえは私がそうして死ぬまで、私のそばにとどまる。そういうことでいいか?」
「おまえは私を処刑する必要があるぞ。王族とお前の血族、十四人を殺したのだから」
「先王とその血族に対して、私の一族も同じ罪を負っている」
「別におまえが殺したわけではないだろう」
「だが、誰かが歴史に刻み、背負っていかなければならない」
「ご立派なことだ。王にでもなるつもりか」
「そうだ」
私はあっさりと言った。ラケルは私の顔をまじまじと見つめた。
「狂人め。せいぜい苦しんで死ぬがいいさ」
「ああ、そのつもりだ」
おまえのような女がそばにいてくれるなら、きっと乗り越えていけるだろう。
そう思ったが、まだ口にはしなかった。
ラケルはまだぶつぶつと文句を言っていたが、私の隣から離れようとはしなかった。
焚火がぱちぱちと歌っていた。
顔を上げると、崩れたままの城壁。
その向こうに、夕日が沈もうとしていた。
了
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