次から次へと雨宿り。

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次から次へと雨宿り。

 えっ、と声を上げた途端、綿貫に尻を叩かれた。 「何だよ!」 「さん、を付けろ! 失敬な。すみませんね、天狗さん。親友の礼儀がなっていなくて」 「トイレを流さない奴に言われたくない。あとお前、受け入れが早くない? 天狗だよ? びっくりしないの?」 「だから、さん、を付けなさい! そんでびっくりしないのかって? この土砂降りなら天狗さんも雨宿りせざるを得ないわ」  そうじゃなくて天狗の存在そのものに驚けって意味なんだが、こうなった綿貫とは話が噛み合わない。だが橋本は俺と同じ反応だろう。そう高を括っていたらば。 「神通力とかで雨に当たらないよう出来ないんですか」  まさかのこっちも受け入れていた。 「親父なら出来るけれど、俺はまだ子供だから無理なんです」  天狗もあっさり応じた。せめてあなたは神秘的な雰囲気を醸し出してよ。 「おいくつなんですか?」 「数えで十三」 「それなのに背ぇ高いですね! 百九十センチくらいありそう! あ、じゃああれは? 天狗の団扇。大風を起こせるんですよね?」  話し掛けまくる綿貫のコミュ力はおかしいと思う。 「親父が持っています。触らせて貰ったことはありませんけれど」  へぇ、と今度は橋本が目を輝かせた。 「使い方次第では空も飛べます? 地面に向かって扇いで風を起こしたりすれば」 「いや地面が抉れます。自然破壊は良くありません」  そうですか、と橋本は露骨にガッカリした。どんな期待をしていたんだ?  呆然と三人を眺めていると、また足音が近付いてきた。いきなり降りすぎ、と屋根の下に入ってきた者は。  肌は緑色。頭にはお皿。くちばしと水掻きと短い尻尾。 「……カッパ?」 「おう、こんちは」  途端にまた尻が叩かれた。 「いてぇよ!」 「さん、を付けなさいと何回言ったらわかるの!」 「お前は俺のお母さんか!」 「まったく田中ったら失礼なんだから! そんな風に育てた覚えはありません!」 「育てられてないからな!」  綿貫との下らないやり取りを見たカッパは、仲良いな、と笑顔を浮かべた。ありがとうございますっ、と綿貫が勢い良く頭を下げる。 「しかしこれだけ降ると川も凄まじく増水するな。流されて岩に激突するところだった」 「それで陸に逃げて来たのですね」  案の定、橋本もカッパを受け入れていた。何なの? 二人は俺の知らない内にタヌキやキツネと入れ替わってでもいるの? 戸惑うこっちがおかしいの? 「おうよ。河童の川流れ、なんてことわざもあるがなんぼ泳ぎが上手くても押し寄せる大波には勝てねぇな」 「自然は偉大ですねぇ」  綿貫がしみじみと頷く。その通り! とカッパは手を叩いた。 「妖怪や人間が足掻いてみたって、一風、一波、一雨で押し流されて終わりさぁ!」 「凄いぞ自然! いや大自然様!」  はっはっは、と揃って高笑いをしている。親友とカッパが並んで笑う光景を目撃する日が来ようとは思わなんだ。おうタツ、とカッパは天狗に向かい人差し指と中指を立てた。 「ダッカのせがれも雨宿りか」 「どうもこんちは、トツキの旦那」 「まだ親父みたいに雨避けたぁいかねぇか」 「無理ですね。先は長いです」 「焦らずコツコツやるこった。その内うまくいく日が来るさ」 「ありがとうございます」 「今度飲みに行くって親父に伝えておいてくれ」 「はい」  天狗とカッパは交流があるのか。そして天狗はタツ、親父はダッカ、カッパはトツキという名前らしい。へぇ~。  ……もう感想も出てこない。更なる珍客が現れても、あぁそうですかと受け入れられそうだ。と、思った矢先。 「毛皮の奥までびっちょびちょだよぉ」 「ちょっと降りすぎじゃない?」  タヌキとキツネが喋りながらやって来た。妖怪じゃなくて動物まで想像を超えてきた。  こんにちは、と綿貫が元気に挨拶をする。分け隔てなく礼儀正しいお兄さんですね。こんにちは、とタヌキが一礼した。俺よりよっぽどちゃんとしてらぁ。 「お兄さん方、ハイキングですか」 「そうなんです。親友二人と旅行で来たら、この雨ですよ」  あはは、とキツネが可愛らしい笑い声をあげた。 「旅先でこの土砂降りにあったわけ? わざわざこんな山奥まで来たのに?」 「はい。ホテルから二時間かかったのに土砂降りです。夕立なら止みますかねぇ」  んー、と言うキツネの声はやけに色っぽい。 「どう思う? 天狗の坊っちゃんはさ」 「からわないで下さい。俺がまだ、天読み(アマヨミ)を出来ないの、知っているでしょう」 「頑張ればいけるんじゃない? 若いんだから」  年上みたいな口振りだがキツネのあなたはおいくつなんだ? 帰ったらキツネの平均寿命を調べてみよう。 「勝手に神通力を使ったらオヤジに殴られます」 「ミウにやれって言われたって返していいわよ」 「勘弁して下さいよ姐さん」 「いつか羽ばたかなきゃいけない日は来るのよぉ?」  まあまあ、とタヌキが間に入った。 「あんまりからかったら可哀想だよ、ミウ」 「だって可愛いんだもん。あんたもからかったら? キサ」 「意地悪はしない。ごめんね、タッちゃん」  いえ、と天狗は首を振った。んふふ、とキツネのミウ姐さんが笑い声を上げる。タヌキのキサさんは、まったくもう、と呆れていた。力関係がややこしい。 「何だよこの雨ぇ~。こんなに降るの、いつ以来?」  蹄の音と共に滑り込んできたのはシカだった。最早動じない。よおダン、とカッパが応じる。 「トツキっちゃん、オッスオッス。川流れ回避?」 「そういうこった。おめぇも雨宿りか」 「枝葉じゃ防げないんだもん。風邪を引いちゃうよ。今年のシカ風邪はタチが悪いって聞くし、大慌てで此処へ避難さ」 「お前はいいけどカミさんと子供にはうつすなよ」 「おい、俺は!」 「心配すんな、そもそも馬鹿は風邪引かねぇから」 「シカだけにってか」  だーっはっは、と爆笑している。何だこのダブルオヤジ。楽しそうだな。  頭数は天狗、カッパ、キツネにタヌキ、シカ、俺達で八になった。なかなか暑苦しい。 「あ、そうだ。皆さん、団子でも食べます? 俺、いっぱい持っているんですよ」  そう言い出した綿貫の肩を、おい、と掴む。 「待てよ、それは非常食だろ」 「いいじゃん、お近づきの印にさ」  純粋そのものの笑顔に口を噤む。わかったよ、とぶっきらぼうにならないよう気を付けて応じた。 「皆で分けましょう!」 「そうこなくっちゃ!」  いいねぇ、とか、ありがとー、とか、口々に喋りながら綿貫を囲んだ。俺も配るっ、と橋本が輪に飛び込む。 「あんこ、みたらし、くさの三種類がありますよ」 「みたらし!」 「俺も!」 「あんこがいいな」 「私はくさ。キサはどれにする?」 「私もくさかなぁ」 「俺はみたらし~」  全員、遠慮の欠片も無いな! 最後に橋本がしれっと貰っているし! 「田中はどっちがいい?」  残った串を差し出された。あんこが二本、くさが一本か。 「あんこで」  はい、と差し出された。サンキュ、と受け取る。 「俺はくさにしようっと。残ったあんこは天狗さん、お父さんにでもあげて下さいよ」  えっ、と天狗は戸惑いを見せた。その傍らで、カッパがシカにみたらし団子を食べさせている。タヌキとキツネを見ると串は宙に浮いていた。神通力、あんたらは使えるんかい! 「兄さん姐さん方をおいて俺が貰うわけには……」 「いいよ、持って行け。川に団子は持ち込めねぇ」  カッパが即答した。森に持って行くのも面倒よ、とキツネが主張しタヌキが頷く。シカはもちゃもちゃ団子を咀嚼していた。 「そうですか、ありがとうございます。じゃあ親父への土産にします」 「ダッカの奴、あんこが好きだから丁度いいや。酒飲みのクセに甘い物にも目がないんだから」  カッパの言葉に、はい、と天狗が静かに頷く。そういや彼もあんこを選んだな。親子揃ってあんこ好きか。 「食べ終わったら串はこっちに持ってきて下さいねぇ~。回収して捨てますからぁ~」  綿貫の呼び掛けに、めいめい返事をする。妖怪や動物と仲良くなれるあいつのコミュ力は見習うべきかも知れん。  一方、橋本はタヌキとキツネとトークに花を咲かせていた。人ならぬ存在ですら異性を狙うその姿勢は見習うべきではないに違いない。 生返事をした。
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