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アドバイス。
しかし一歩下がって見てみると夢のような光景だ。これが山の普通なのか? 俺が知らないだけで、こんな世界もそこかしこにあるのだろうか。そして、あっという間に溶け込んだ親友二人はこのまま居着いたりしないよな。そうなったら寂しくて仕方ない。ただ、ちゃんと帰るよな、と声を掛けるのも恥ずかしい。薄い不安を胸に、ぼんやり眺めていると。
ふと気付き、振り返る。間違いない。雨足が僅かではあるが弱まっている。このまま止むのか。
「おっ、止みそうかい?」
「よしよし、やっぱり夕立か」
傍らにカッパとシカがやって来た。そうですね、と当たり障りの無い返事をする。
「すぐに上がったら団子を食うために来たみたいだな」
「ははは、違えねぇ。雨に降られた損より団子の得の方がよっぽど勝らぁ」
そっすね、と短く相槌を打つ。上手く言葉が出てこない。
「その鼻でうつ伏せに寝られるんですか?」
「穴の開いたベッドがあるから大丈夫」
後ろから、綿貫と天狗の脱力するような会話が聞こえる。
「お二人とも、声が可愛いですね」
「えー、声だけぇ?」
「勿論、お顔も毛並みも素敵です」
「お兄さん、見境無いのね」
橋本とキツネとタヌキのげんなりする会話も耳に届く。
ただ、俺は二人みたいにうまくやれない。どうしても壁を感じてしまう。いや、自分自身で作っている。だから遠くに見えている。
「力、抜いてみ」
不意にカッパが微笑み掛けてきた。え、と間抜けな声を漏らす。
「三人の中で、あんただけが肩肘を張っているんだな。そりゃあ俺達みたいな存在を目の当たりにしたことは無いだろう。お友達二人の馴れ具合が極端過ぎるとも思う。だけどもうちょい力を抜いてさ。こんな奴らもいるんだ、知らない世界もあるんだ、って。笑って受け止めた方が楽しいぜ。人間関係と一緒さ。こんな野郎がいるんだ、って驚いた覚え、あるだろ。それとおんなじ」
な、と腰を軽く叩かれた。そういうもの、なのかな。
「気楽に生きてみるのもいいよ」
シカも大きく頷いた。はい、と返事をしながらも簡単に気持ちを切り替えられもせず。その間にも、みるみる雨は弱まって。
やがて、上がった。
さあて、とカッパが伸びをする。
「川はまだ増水中だろうが、主様が頭をぶつけちゃいないか見てくるわ」
「俺も行くよ」
シカも一つ頷いた。帰っちゃうんですか、と綿貫が寂しそうに声を掛ける。
「おう。団子、ご馳走さん。美味かった」
「コンビニの物ですけどね」
「満足出来りゃ何でもいいさ。今度は天気の良い日に川へ来いよ。一泳ぎしてから相撲をとろうや」
「よろしくお願いします!」
綿貫は深々と頭を下げた。橋本は話に乗らなかった。お前は運動、嫌いだもんな。
またな、とカッパは手を振りシカと連れ立って去っていった。山の中に姿が消える。
「俺も帰ります」
天狗も静かに宣言をした。
「あ、じゃあ君のところへ遊びに行こうかな。メイカ、元気?」
キツネの問いに、母も変わりありません、と丁寧に応じている。しっかり者の息子さんだ。礼儀、見習わなきゃ。
「結構会っていないね、私も行こうかな」
そう言うタヌキに、行くでしょ、とキツネは即答した。
「じゃあ私らも帰るね。またお茶でもしながらお喋りしよう」
「橋本君、彼女を泣かせるような真似はしないように!」
名指しされた橋本が頭を掻く。短い間に何を話した。お気を付けて、と綿貫が再び一礼をする。
「失礼します」
「ばいばーい」
「気を付けて帰ってね」
口々に別れを述べて、三人はカッパとシカとは別の方向へ行ってしまった。あっという間に俺達だけの日常が戻ってくる。帰るか、と綿貫が明るく言った。そうだね、と橋本が応じる。俺はまだ夢見心地で、生返事をした。
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