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7.ペン先の黒
二週間に一度、百合は守親に手紙を書いた。
といっても実に他愛ないものだ。
今度会社で始まるプロジェクトでリーダーになることが決まったこと。
美味しいサンドイッチの店が近くにできてついつい買い食いしてしまうこと。
近所にいた猫が昔、守親と見た猫と全く同じ柄で、もしかして親子かもしれないこと……。
そんな些細なことを白い便箋に落とし込んでいく。
黒いインクで一文字一文字、刻む。
──きっと黒の向こうにはいろんな色がある。
守親の声を思い出しながら、万年筆の黒にそっと願う。
ねえ、届いてくれますか。
この黒の向こうにある色、あなたに届いてくれますか?
けれど守親からの返事はなかった。何通送っても何通送っても。
ただ、手紙が届いていないわけではないらしく、スマホに守親から短いメッセージが届くことはあった。
──手紙、ありがとう。俺は元気です。
それだけ。
淡々としていて、彼らしいメッセージだ。
百合にだってわかる。百合の家に手紙を送り、自分の名前が百合の両親の目に触れることを彼は気にしているのだ。
これ以上、痛みを与えたくないと思っているのだ。
わかっていても、苦しかった。スマホに刻まれた文字からは……彼の心が見えない。
百合は壁際に立てかけたあの絵を振り返る。
下部から上部へ。紺に近い青から徐々に翡翠へとうつろっていく様を眺めていると、少し心が落ち着いた。
彼の心がここにある、と思えた。
だが、彼の絵に見守られながら、心を文字に乗せて便箋に向かい続けていたある日、それが届いた。
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