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4.青
「まあ。でも大丈夫。検査入院だから。気にしないで」
なんてことない声で彼は言う。けれど百合は気づいている。彼がもう病院から出られないかもしれないと内心覚悟していることを。
だからこそ、彼はすべての絵を処分すると決めて百合にも連絡してきたのだから。
こっち、と言って守親が百合を手招く。二間続きの奥の部屋に彼のアトリエがあった。
大方は処分してしまったのだろう。以前一度だけ訪れたときは壁に青い絵が連なっていて、さながら水槽のようであったのに、今はただ幾分黄ばんだ白壁が覗くばかりだ。
だからこそか、彼が取っておいたその絵の青は鮮烈だった。
やっぱりなにがモチーフとなっているのか、それはわからない。だが百合には炎に見えた。
深海の底から海面へと吹き上がる炎のように絵の中、青く透き通った光が力強く駆け上がっていく。
「綺麗。やっぱり」
呟く百合の後ろで、守親が肩をすくめる。
「まったく買い手がつかなかったのにね。百合だけはこの絵を好きでいてくれる。だから連絡してしまった」
ひっそりと笑うその笑い方は本当に変わらない。昔からずっと。
「勝手に処分しないでくれてありがと」
この絵を見せられたのは、あの事故が起きるよりずっと前だ。百合がまだ中学生だったとき。あのころ……百合は人生にほとほと愛想をつかしていた。
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