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「ねえ、早弓。覚えてる? ──僕たちのスタートも雨だった」  来ていたパーカーを素早く脱いで早弓の頭から上半身に被せ、自分は鞄を頭にかざすようにして駆け足で早弓の部屋に向かいながらの賢人の言葉。  覚えている。……ようやく、思い出した。  賢人は今も信じているのだろうか。あれが単なるだと。  小細工を弄するくらいにこの人が好きだった。互いに想いがあるのもわかっていて、一歩踏み出す勇気が持てなかった。彼の方も、きっと。  あの頃の熱い気持ちを忘れていた。なくしたわけではない。ただ、優しい恋人に甘えていただけなのだ。  すべての始まりと同じ早弓の部屋。玄関ドアを入った途端にすぐ後ろの彼に向き直る。 「賢人。あたし雨嫌いだった。なんか鬱陶しくて。──でも、賢人と一緒にいると雨もそう悪くないって思える。いつか必ず上がるしね」  ──あの日も今日も、雨があたしの背を押してくれた。でもそれはただのきっかけ。もう「雨」に頼らなくてもあたしが考えて動くわ。この「幸せ」を大事にする。  遠回しで謎掛けのような台詞に恋人は少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。 「僕も別に雨なんて好きじゃないよ。でも今こうして早弓といられるのは、あの雨のおかげだから」  その言葉に早弓は無言で靴を脱ぎ、彼の手を引いて部屋に上がった。  これからは自分の気持ちを素直に伝え、賢人との関係を大切にしようと心に決める。 「あ、雨()んだ?」  二人でローテーブルに向かい合いコーヒーを飲んでいると、賢人が窓の方を見て呟いた。  早弓もそちらへ目を向けると、窓の向こうには雨上がりの澄んだ空が広がっていた。                               ~END~
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