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ゆっくりと雨が降る。地球の6分の1の重力の下、ゆっくりと雨が降っている。月面居住区に作られたビニール・ハウスの中の人工降雨機が静かに水を落下させている。月の上でも花は咲くだろうか。おいしい野菜は育つだろうか。トマトは真っ赤になるだろうか。西瓜はずっしりと重くなるだろうか。向日葵は背筋を伸ばして元気に笑顔を見せるだろうか。今ぼくは青い地球に目をやりながら種を蒔いている。あの惑星に住む人が、フジヤマやダイヤモンドヘッドやナイアガラ瀑布に心奪われるように、地球の衛星から青い星の眺望を楽しんでいる。月面居住区に留まる理由は、花壇を薔薇で埋め尽くしてみたいから。月で育った薔薇を花束にして、きみにプレゼントすることができたら、最高のバースデイ・プレゼントになると思うんだ。
ゆっくりと血の雨が降る。地球の6分の1の重力の下、ゆっくりと血の雨が降っている。地球人はここでも戦争をやめられなかったんだね。月面居住区のごく間近で、最新型ミサイルがきゅるりきゅるりと連続発射される。ちぎれた腕や足が、ビニール・ハウスの上をくるくると回りながら飛んでいくのが見える。どす黒い雨がビニール・ハウスの外側にぽたぽたたと落ちてくる。ほんの少しだけ伸びてきた畑の若い芽はみな、もう駄目だとうなだれてしまっている。やはりさっさと火星に引っ越しするべきだろうか。次のロケットの予約はまだ満席にはなっていないらしい。月面居住区に留まる理由がだんだん希薄になっていく。ふるさとはしだいに遠くなっていく。火星に行ってしまったら、地球が青かったことも忘れてしまうかもしれないね。
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