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「なあ、悠哉」
外に出かけていた善左衛門が慌てて帰ってきた。
俺は、ゆっくり起き上がる。
特段、やることもないため農業を手伝っていたが、今は時期では無いらしい。
結果、善左衛門と一緒に町をぶらついたり、横になって話したり。
そういったことをするしかない。
美友のことは、勿論気掛かりだが、今はどうしようもない。
「どうした、慌てて」
「立て札が出ていてな。信長様が、悠哉を探しているらしい」
「は?」
信長が?
なんで?
「どうやら、信長様に仕える武士の一人がこの町に来ていたらしい。珍しい格好をして、珍しいものを持っている男って、悠哉しかないだろう?」
「まあ、他に俺以外にいなければ……」
確かに、珍しいかもしれないな。
この時代風にいえば、西洋の服を着ているしな。
銃や煙草、携帯電話。
刀や鍬を持っているわけでもない。
「ああ。悠哉以外いないな」
「しかし、何でだろうな?」
「さあ。それは、わからないが……」
此処に来て、軽く数ヶ月経っているはず。
煙草は禁煙する日が増えて、まだ本数はある。
信長が欲しいと言えば、吸わせてやれなくない。
まあ、何でもいい。
俺も、会ってみたかったしな。
「ま、いいか。行ってみようぜ」
「そんなあっさり……。俺は心配だぞ」
善左衛門が心配するのも無理はない。
史実上、信長は気性が荒く変わり者だしな。
だけど……。
「大丈夫だろ。信長サマは、優秀な武将だぞ。いきなり襲いかかることはないだろう」
「そうか?確かに、理になかってることもあると聞くが……」
どうするか悩んでいる善左衛門。
俺も、不安がないわけじゃない。
だが、会いたいとわざわざ呼び出すくらいだ。
悪いことが必ず起こるとも、限らない。
「……なあ、善左衛門。お前もついてきてくれ」
「お、俺もか?」
目を丸くする。
「ああ。俺一人じゃ、城まで行けないし。お前がついてきてくれると、ありがたい」
「し、しかし」
それはそうか。
信長は、一般の町民がおいそれと会える人間ではない。
だからこそ、怖いイメージが先行するだろう。
だけど、農民出の豊臣秀吉を側に置いたり、楽市楽座で行商をしやすくしたりもした。
側に仕える部下の話を、しっかり聞いていたとも聞く。
「大丈夫だ。なにかあれば、守ってやるから」
「かっこいいな、悠哉は。俺も見習わなきゃな」
別に見習うことはないだろうけれど。
気恥ずかしい。
「行こうぜ」
立ち上がったその時、一太が来訪した。
「悠哉!善左衛門!聞いたぞ!!信長様が探しているんだと」
「ああ。俺もさっき聞いた。今から行くところだ」
そういうと、一太は驚いた表情を見せた。
「行くのか?」
「ああ。行く」
「すごいな。悠哉は」
お主の中には、武士道がしっかり通っているんだな。
そう笑う一太。
武士道?俺の中に?
確かに、一本気なところはあるかもしれない。
だけど、それが武士道なのかは分からない。
「信長様が怖くはないのか?」
「怖いというより、興味があるな」
「興味……か」
「ああ。じゃあ、行くわ」
手を振り、一太にそう言った。
「今生の別れにならないといいが」
善左衛門は、一太に会釈した。
「じゃあな」
「一太。俺がもし死んだら、後のこと頼むぞ」
「縁起でもないこと言うでない」
漫才かよ。
俺たちは、ゆっくり歩き出した。
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