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「……して、悠哉」
「はい」
満足したらしい信長サマが話しかけてきた。
俺は、彼の前に座り、着物姿の女性から酌をされていた。
慣れない光景。
俺の付き添いできた善左衛門も、俺の友人ということで、特別に同席している。
広い畳の部屋。
イグサの香りが、鼻に心地よい。
「おまえは、なぜ此処に来たのだ」
それは、分からない。
信長サマに会うのが最終目標だったのなら、達成している。
しかし、俺は未だここにいる。
つまり、ゴールはまだ見えない。
「……気づいたら此処に。私も、何故かは分かりません」
正直に答えるしかない。
「そうか。おまえは面白い男じゃ。……帰すのが惜しい」
そこまで気に入られたとは。
「殿。私はまだまだ未熟でございます。殿にお会いすることで、学べというお達しではないかと。どうか、この善左衛門ともどもご指導を頂けないでしょうか」
こんな願い、おこがましいだろう。
分かっている。
ただ、何かが見えるかもしれない。
信長サマは、じっと俺を見つめる。
ピリッとした空気。
流石に、やりすぎただろうか。
「……私は、私の譲れないものがございます。それを武士道と呼ぶのかは分かりかねますが、正しい道なのか学ぶ時なのだと思います」
「ほう。武士道とな」
「はい。……私が、悪戯に人を殺めたり傷つけることを良しとしない理由でもあります」
「……どのような理由なのだ?」
人を殺めること。
人を傷つけること。
嫌いだ、そんなの。
殴られて、蹴られて全身が痣だらけになった人々。
撃たれて、斬られて、鮮血を垂らしながら動かなくなる人々。
『正当防衛』を訴える奴ら。
罪の意識はなく、平然とターゲットを変えては繰り返す。
正当防衛などではない。
何が正当防衛だ。
政治家は汚職を繰り返して、だけどカネ欲しさに舞い戻ってくる。
警察ですら、犯罪を行う。
人の心がないのだ。
「私も、人を殺してきました。でも、それは守るためです」
俺が殺してきたのは、真っ当な世界で生きている人々ではない。
「私は、静かに楽しく過ごしている人は絶対に手を出しません。……その生活を脅かす人だけです。これが、揺るぎない私の決意であり、……進むべき道です」
武士道とは少し違うかもしれない。
だけど、もしこの気持ちを例えるなら。
近いのは武士道だろう。
1本線があり、それは軸がぶれない。
「……確かに、それは揺るぎない想いよ。大事にするがよい。……おまえはどうじゃ?」
一瞬の間に、信長サマのおもいが詰まっている気がした。
成り上がらなければ、蹴落とされる。
領地の奪い合いだ。
そんな戦禍に身を置く大将として、響いたのだろうか。
大切なものをまもる為に戦うことは、同じだから。
そんな思考を巡らせていると、信長サマが善左衛門に話しかけた。
「わ、わたくしですか?」
急に振られて、善左衛門は驚いている。
今に至るまで、何も話さずに座っていたから。
まさか、自分に話がくるとは思わなかったのだろう。
「そうじゃ。この者のように、一本軸はあるのか?」
「いえ。わたくしは、迷っておりました。自分がしたいことが、分からなくなっておりました。……この者と出会って、軸が出来ました」
なので、一本軸かは分かりかねます……
そう、善左衛門は言う。
だけど、その声は凛としていてよく通った。
「そうか。それがブレなければ、立派な武士道と言える。大切にせよ」
「は!」
善左衛門が、力強く返事をする。
やっぱり、信長サマは悪いひとではない。
その日の酒は、格別だった。
信長サマの話を聞いた。
彼に、色々と話を振られた。
信長サマが戦に勝利する未来を語った。
彼は、上機嫌で、よく笑った。
こんなに打ち解けるのは予想外だったけど。
翌日、俺たちは善左衛門の家に帰るべく出発した。
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