0人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
しかし………
未だに帰れない。
ふ、とため息が漏れ出た。
俺が、この時代に居たいと願ってしまったからか?
「悠哉、大丈夫か?」
善左衛門が、心配そうに聞いてくる。
「ああ。……信長サマ、いい方だったな」
「ああ。見方が変わった。木下様達も、殿のあんな様子は初めてだと驚いていたぞ」
「一風変わったひとたちが、後世に名を馳せるんだよ。信長サマだってそうさ。無鉄砲なイメージと違って、慎重派だ」
そう。
打ち解けていると見えて、実はまだ完全には信用されてなかった。
いつでも殺せるのだ、という圧をかけられていた。
善左衛門は気にしてなかったようだが、死線を潜ってきた俺にはわかる。
俺が少しでも、臨戦態勢に入ったら斬られるところだった。
弾撃たれた後で、丸腰同然だったからな。
策士だ。
苦笑する。
よく考えられている。
たまたまかもしれないし、考えすぎかもしれない。
だけど、昏い海のような冷たさが、端々に感じられた。
何かしたなら、絶対逃がさないという意思。
それが、彼の『武士道』なのだろう。
だからこそ、成り上がることが出来たのだ。
力強い意思のもと、戦術も知力も持ち合わせて戦う武将だったからこそ皆着いてきた。
そうでなければ、誰も来ない。
俺も、揺らぐことない意思を持たなくてはな。
殺し屋という性質上、迷いがなかったわけじゃない。
本当にいいのか、と何度も何度も自問自答した。
仲間がいるわけでもない、見つかればかなり重い刑を受ける。
両親にだって、迷惑をかける。
だけど、一度決めた道だ。
のし上がるつもりは毛頭なかった。
ただ、情報がないから殺戮を繰り返すしかなかっただけだ。
そうして、生きてきた。
いつのまにか、裏社会で名を馳せてしまったけれど。
それは、俺が欲しいものじゃなかった。
欲しいものは、手に入らないままだ。
確かに一本芯は通っている。
ブレることがない。
だけど、根本は腐りかけている。
それが、倒れればいいのに。
武士道なんて、かっこいい言葉を使うべきじゃない。
それこそ、言い訳にしかならない。
バカすぎる。
気づいていたが、目を背けていた。
それが、信長サマや、善左衛門にあってマザマザと実感させられるなんて。
ああ、俺はこれを学ぶためにきたのか。
自分がしたことから目を背けるな、という啓示だったのか。
結局、全部が中途半端だ。
何も成し遂げられてない。
情報収集が先だろ、なんて今更考えてしまう。
「悠哉、どうした?」
長い間考えに耽っていたらしい。
「いや、なんでもない。俺は、全然慎重派ではないと思っていたところだ」
慎重にコトを進める考え深さ。
作戦を立てて、じわじわと追い詰める演技。
信用しています、という顔で実は全く信用しない圧力。
知力あってこそ、戦に勝つのだ。
無謀な戦いは、身を滅ぼす。
猪突猛進な自分を恨む。
だから、相手に隙を見せてしまった。
怪我をして、利き腕をダメにした。
俺は、驕っていた。
今気づくなんて。
「確かに、悠哉は慎重ではないな。だが、突っ走って物事を進めるコトも決して悪くはない。戦には人の盾になる人物もいる。盾が殿を守るから、みんなが動けるのだから」
それは暗に死にに行くようなものだ。
だが、確かに危険から誰かを護りたいから動く。
作戦たてて盾になる場合もあれば、とっさに体が動く場合もある。
俺の場合は、怒りで前が見えなくなったからだが……。
守れなかった後悔もある。
彼女の苦しみが胸を撃ち殺してくる。
くろい、感情。
渦巻いて止められない。
「そう、だな」
俺は頷いた。
性格が、ものを言う。
この時代は、知力が長けている武将もいれば、猪突猛進な武将もいた。
元々自分を討ち取ろうとした敵に、援助を施す漢もいた。
慎重にことを進める武将も。
ただ、一貫して国取りや領地取りのため動いた。
自分の手柄をあげたいものもいれば、民のため戦う武将もいただろう。
男同士の熱い戦いは、習っていて血肉が沸き立つ感覚があった。
元々戦いは好まないが、そうは言っても男に生まれたからには……なあ。
時代が違えば、カッとしやすい人々も生きやすいだろうと考えていた。
冷静沈着、それでいて心が穏やかで博識。
もめ事を嫌い、話しやすい人物。
もしくは、すごく明るくて柔らかく、広く浅く知っていて多趣味。
それが、現代において愛されるコツ。
ひとを惹きつける術。
俺には無縁だ。
ニコニコ笑うことも苦手だし、心を穏やかにできない。
趣味といえる趣味はなく、人生で友人と呼べる人数は、片手あれば足りる。
もめ事を起こすコトは嫌いだが、裏腹に裏社会に入っている。
社会で適合して暮らしていく能力はない。
そんな演技はできやしないし、したいとも思わない。
真面目な方だとは思うが、頑固で融通が利かない。
ああ、だからか。
此処が居心地良く感じるのは。
此処では、演技する必要もない。
話せば、みんなが興味深く聞いてくれるから飾る必要もない。
俺にとっても、珍しいものや話が多く、自然と聴いてしまう。
無理して馴染もうとする必要もない。
まだ、ここにいたいなんて。
このまま、此処で一生を終えてもいいかもなんて。
バカだなあ。
そんなコト、考えてはいけないのに。
心が、この場所を欲してしまった。
根腐れした芯が、折れていく。
美友、…………ごめんな。
俺は、戻りたくないんだ。
最初のコメントを投稿しよう!