俺の生き様

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しかし……… 未だに帰れない。 ふ、とため息が漏れ出た。 俺が、この時代に居たいと願ってしまったからか? 「悠哉、大丈夫か?」 善左衛門が、心配そうに聞いてくる。 「ああ。……信長サマ、いい方だったな」 「ああ。見方が変わった。木下様達も、殿のあんな様子は初めてだと驚いていたぞ」 「一風変わったひとたちが、後世に名を馳せるんだよ。信長サマだってそうさ。無鉄砲なイメージと違って、慎重派だ」 そう。 打ち解けていると見えて、実はまだ完全には信用されてなかった。 いつでも殺せるのだ、という圧をかけられていた。 善左衛門は気にしてなかったようだが、死線を潜ってきた俺にはわかる。 俺が少しでも、臨戦態勢に入ったら斬られるところだった。 弾撃たれた後で、丸腰同然だったからな。 策士だ。 苦笑する。 よく考えられている。 たまたまかもしれないし、考えすぎかもしれない。 だけど、昏い海のような冷たさが、端々に感じられた。 何かしたなら、絶対逃がさないという意思。 それが、彼の『武士道』なのだろう。 だからこそ、成り上がることが出来たのだ。 力強い意思のもと、戦術も知力も持ち合わせて戦う武将だったからこそ皆着いてきた。 そうでなければ、誰も来ない。 俺も、揺らぐことない意思を持たなくてはな。 殺し屋という性質上、迷いがなかったわけじゃない。 本当にいいのか、と何度も何度も自問自答した。 仲間がいるわけでもない、見つかればかなり重い刑を受ける。 両親にだって、迷惑をかける。 だけど、一度決めた道だ。 のし上がるつもりは毛頭なかった。 ただ、情報がないから殺戮を繰り返すしかなかっただけだ。 そうして、生きてきた。 いつのまにか、裏社会で名を馳せてしまったけれど。 それは、俺が欲しいものじゃなかった。 欲しいものは、手に入らないままだ。 確かに一本芯は通っている。 ブレることがない。 だけど、根本は腐りかけている。 それが、倒れればいいのに。 武士道なんて、かっこいい言葉を使うべきじゃない。 それこそ、言い訳にしかならない。 バカすぎる。 気づいていたが、目を背けていた。 それが、信長サマや、善左衛門にあってマザマザと実感させられるなんて。 ああ、俺はこれを学ぶためにきたのか。 自分がしたことから目を背けるな、という啓示だったのか。 結局、全部が中途半端だ。 何も成し遂げられてない。 情報収集が先だろ、なんて今更考えてしまう。 「悠哉、どうした?」 長い間考えに耽っていたらしい。 「いや、なんでもない。俺は、全然慎重派ではないと思っていたところだ」 慎重にコトを進める考え深さ。 作戦を立てて、じわじわと追い詰める演技。 信用しています、という顔で実は全く信用しない圧力。 知力あってこそ、戦に勝つのだ。 無謀な戦いは、身を滅ぼす。 猪突猛進な自分を恨む。 だから、相手に隙を見せてしまった。 怪我をして、利き腕をダメにした。 俺は、驕っていた。 今気づくなんて。 「確かに、悠哉は慎重ではないな。だが、突っ走って物事を進めるコトも決して悪くはない。戦には人の盾になる人物もいる。盾が殿を守るから、みんなが動けるのだから」 それは暗に死にに行くようなものだ。 だが、確かに危険から誰かを護りたいから動く。 作戦たてて盾になる場合もあれば、とっさに体が動く場合もある。 俺の場合は、怒りで前が見えなくなったからだが……。 守れなかった後悔もある。 彼女の苦しみが胸を撃ち殺してくる。 くろい、感情。 渦巻いて止められない。 「そう、だな」 俺は頷いた。 性格が、ものを言う。 この時代は、知力が長けている武将もいれば、猪突猛進な武将もいた。 元々自分を討ち取ろうとした敵に、援助を施す漢もいた。 慎重にことを進める武将も。 ただ、一貫して国取りや領地取りのため動いた。 自分の手柄をあげたいものもいれば、民のため戦う武将もいただろう。 男同士の熱い戦いは、習っていて血肉が沸き立つ感覚があった。 元々戦いは好まないが、そうは言っても男に生まれたからには……なあ。 時代が違えば、カッとしやすい人々も生きやすいだろうと考えていた。 冷静沈着、それでいて心が穏やかで博識。 もめ事を嫌い、話しやすい人物。 もしくは、すごく明るくて柔らかく、広く浅く知っていて多趣味。 それが、現代において愛されるコツ。 ひとを惹きつける術。 俺には無縁だ。 ニコニコ笑うことも苦手だし、心を穏やかにできない。 趣味といえる趣味はなく、人生で友人と呼べる人数は、片手あれば足りる。 もめ事を起こすコトは嫌いだが、裏腹に裏社会に入っている。 社会で適合して暮らしていく能力はない。 そんな演技はできやしないし、したいとも思わない。 真面目な方だとは思うが、頑固で融通が利かない。 ああ、だからか。 此処が居心地良く感じるのは。 此処では、演技する必要もない。 話せば、みんなが興味深く聞いてくれるから飾る必要もない。 俺にとっても、珍しいものや話が多く、自然と聴いてしまう。 無理して馴染もうとする必要もない。 まだ、ここにいたいなんて。 このまま、此処で一生を終えてもいいかもなんて。 バカだなあ。 そんなコト、考えてはいけないのに。 心が、この場所を欲してしまった。 根腐れした芯が、折れていく。 美友、…………ごめんな。 俺は、戻りたくないんだ。
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