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駆けつけた母親は、息子の姿を見て泣き崩れた。
手術の同意書に書かれた文字は、歪んでいる。
久しぶりに見た息子が、重症と聞かされれば誰でもそうなるだろう。
「先生……悠哉を、よろしくお願いします」
「……やれるだけ、やってみます」
それしか言えなかった。
出血が多く、何度も血液投与した。
手術は、長丁場となった。
彼は、何とか一命を取り留めた。
だが、……長くは保たないだろう。
それは、長年患者を見てきた自分がよく分かっている。
救急治療室に入れられた彼を、母親は痛々しい瞳で見つめている。
「先生……」
「はい」
「ありがとうございます。息子は、私たちに迷惑をかけないために縁を切ったんです」
「ええ……」
「警察から連絡があったら、知らないと言えと言われていました。私たちは、止めたのですが………最後の我儘だからと」
でも、心配していました。
親ですから、と母親は悲しく切なく笑う。
「あの子が大切にしている、美友さんにも会いに来たかった。でも……出来ませんでした」
色々な感情が渦巻いてしまうと。
彼女は、大切な子。
だけど……、息子をよくない道にいかせたのも彼女。
恨む気持ちはそこにない。
だけど……、苦しかったと気持ちを吐露する。
「悠哉さんは……本当に栗原さんを愛しているのですね。それは分かっていましたが」
悠哉の母は、泣き笑いの顔になる。
「先生。悠哉は、捕まるのでしょうね」
「いえ。本当はよくないのですが、私たちは通報しません」
「え?」
残り僅かな彼のいのち。
あとは、彼の精神力だ。
いきたい、と思う気持ち。
それが、彼の生きる期限を伸ばすことにつながる。
「悠哉さんがしてきたことは、許されることではありません。だけど……、自分が悠哉さんの立場に立った時、果たして綺麗事を飲み込めるのか。きっと、私も息子さんと同じことをしたはずです」
イタズラに殺すわけではない。
そうはいっても、命を奪う行為には変わりない。
ものすごく悩んだのだろう。
天秤にかけて。
結果、親と別れ、大切な彼女を自分たちに託して闇に入っていってしまった。
相談されたら、止めただろう。
目の前の母親のように。
だけれど、それでも揺るぎない意志が彼にあったのだ。
きっと誰が止めても、彼は歩みを止めなかったに違いない。
「大切な人を護るため、戦ってきたんですね。身体は傷がたくさんついてました」
「………昔から、無鉄砲なところがありましたから……」
最後に会った時より、痩せていた。
全てを一身に背負って来た彼。
休みなく、自分のからだに鞭を打ってきたのだろう。
「生きていて欲しい、だけどまた危険なところに行ってしまうと思うと……気持ちが揺らいでしまいますわ」
「………せめて、今はゆっくりと」
言葉が出なかった。
医師は、また来ますとその場を立ち去った。
「バカね、あなたは」
無茶をして、命の危機だなんて。
生きたいと、願って。
今度は、止めてみせるわ。
その三日後。
彼は、……いのちを閉じた。
「ごめんな、美友」
そう、唇で形作って。
彼女が目覚めたのは、その一時間後だった。
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