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善左衛門の家に着く。
「大したもてなしは出来ないが……」
「いや、大丈夫だ。家屋にいれるだけ助かるよ」
「そうか。なら、良かった」
小さな家だが、心地はいい。
板張りの冷たさ。
囲炉裏や釜戸があり、三和土も赴きがある。
「何か食べるか?悠哉」
「ああ。腹は減ってるけど……いいのか?」
「もちろんだ。良ければ、俺の家にいるといい。……武士はもう少しいい暮らしをしているんだが、俺は農民だからな。してやれることは、限られているが」
「いや、充分だ。綺麗な家だな」
「綺麗だなんて、初めて言われたな。ありがとよ、悠哉」
「いや、本当のことだ」
「そうか。茶でも淹れよう。座ってくれ」
出された湯呑みは、少しひび割れていた。
しかし、これはこれで趣深い。
「すまないな。使えないわけではないから、使っているんだが……客に出すものではないな」
下を向く、善左衛門。
「気にしなくていい。……ん、うまいな」
善左衛門の優しさが、俺の心に染みる。
「良かった」
泣きそうな善左衛門。
生きるのに懸命な人々がいる。
道楽三昧で、人を下に見てるやつもいる。
そういうやつらが、優しい心を砕いていく。
俺は、そういう奴らをたくさん見て来た。
もちろん、中には心優しく豊かな金持ちもいることを忘れてはいけない。
だけれど、生活に足掻く人の方が、明らかに多いのは事実。
そして、それはいつの世も、変わりはないのだ。
「なあ、善左衛門。珍しいもの見せてやるよ」
「なんだ?タバコ以外にもあるのか?」
興味からか、明るさを取り戻す。
「ああ。お金だ」
この時代にも、金貨や銀貨はある。
だが、紙幣はまだない。
財布を取り出して、紙幣を見せる。
「何だ、これは?」
「これはな、お金って言って、これでメシ買ったり食器買ったりするんだ」
「ほう……!」
楽しそうに笑う善左衛門。
「良かったら、一枚やるよ」
「凄いな。今日は色々楽しいぞ」
善左衛門は、一人暮らしだという。
嫁がいたが、病気で亡くなったと。
それから、笑うことが少なくなったと言った。
久しぶりに楽しい、と笑う善左衛門。
俺と、似ている。
「悠哉は?嫁はいるのか?」
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