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「なあ、悠哉」
「どうした?」
感慨に耽ってしまった。
現代に帰りたい気持ちが、段々なくなってきた。
帰っても面白いことはない。
だけど、ひとつだけ。
美友のことだけが気掛かりだ。
だが、帰る術はない。
彼女は無事だろうか。
「俺にも秘密があるんだ」
色々話してくれた礼だと善左衛門は笑う。
「秘密なら、俺は聞かない方がいいんじゃないか?」
「いや。聞いて欲しい」
真剣な表情。
「分かった。聞かせてくれ」
「俺の刀のことだ」
そういえば、農民の善左衛門が刀を持っていることが不思議だった。
一太や、ほかの農民の人は持ってないからだ。
「これは、死んだ嫁のために作ったんだ」
「確か、病気で亡くなったと……」
「ああ。流行病に倒れてな」
病で亡くなったことと、刀がどう関わりがあるのだろうか。
中々にいい代物だ。
俺は、刀は使わないが、仕事の為に勉強したから知っている。
「俺の嫁が亡くなる前に、言ったんだ。あなたの武士道を通してと」
「おう……?」
なんだ?
「俺は元々武家の出なんだ。だけど、農民の嫁と出逢って結婚したいと思った。家族からは反対されたけどな。それでも彼女といたかった。俺は、両親に勘当されたんだ」
身分違いの恋、か。
許されざる恋。
この時代も世知辛いことはあるんだな。
「刀を売り、鍬を持って、俺はいち農民としてやってきた。畑を耕し、米を作る。環境は変わったが、それでも楽しかったんだ」
「ああ」
「だけど、刀を握っていた頃を思い出して切なくなることもあった。嫁はそれが分かっていたんだ。死ぬ前に言われたよ。元に戻ってって」
だから、嫁が死んだ後に刀を買ったんだ。
そう、善左衛門は笑う。
「安い買い物じゃなかったんだけどな。だけど、俺は武士に戻ることはなかった。というより、戻れなかったんだ。だけど、それで良かった」
たまに刀を振ったり、鍛錬をしたりして……
善左衛門は、そう言って遠くを見た。
この時代にも、生きづらさはある。
現代とこの世界と、どっちが苦しいなんて比べるものじゃない。
善左衛門の過去。
俺が生きている世界。
「俺は……自分の生き方にまだ迷っているんだ。戻れるなら、戻りたい。だけど、それが俺の本当にしたいことなのか……」
「善左衛門……」
掛ける言葉が分からない。
戻りたいと思えば、同じ業種に戻れる可能性があるのが現代だ。
だけど、ここは違うらしい。
簡単に戻れるわけではない。
「だけど、お前に会えたことで、色々聞けたことで、ちょっとだけ分かってきた。俺は農民の気持ちが分かる武士になりたい。町の人たちが困った時助けられるようになりたい」
「いいことだと思うぞ。俺は素敵な考えだと思う」
刀の秘密。
善左衛門の気持ち。
揺らいでいても、芯は通っている。
自分の生き方なのだから、迷い悩みもある。
そこに一本芯が通っているかいないか。
そこでその人間が分かるのかもしれない。
それを言うなら、俺はどうなんだろうか。
この世界に入ったことを、美友の為と言って誤魔化していないか。
人が持つ殺意をすり替えてはいないか。
そんなことはない、と言い切りたい。
だけれど、わからない。
分からないことばかりだ。
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