17人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
絵に手を伸ばす。ガラスの額縁に入れられたその美術品たちは、いまも僕には理解できない。
地震が起きた時に危ないと何度言っても、和也はガラスの額縁にこだわっていた。
そのこだわりも、彼は覚えていない。
僕たちはこれから、別の道を歩くのかもしれない。
あの日の和也の別れ話が、いよいよ身に迫って感じられた。僕はどこかで彼の記憶が戻ってハッピーエンドを迎えるのだと信じていた。しかし。
あんなに好きだった絵画の描き方を忘れて、自分が描いた作品も忘れて、苦手だと言っていたコーヒーをブラックで飲んで。
和也は変わっていく。
僕はそのことに、引き裂かれそうだ。和也が別れを切り出した理由も、いまとなっては誰も知ることができない。
つらい。しかし、それ以上に、安堵があった。彼の人生を壊してしまったという罪を、いまようやく彼の記憶とともに闇に葬ることができるのだ。
*****(和也視点)
俺は記憶を失っているらしい。
たまに、そのことが無性に怖くなる。自分の根っこがちぎれてしまって、どこかに吹き飛ばされるんじゃあないかという恐怖だ。
最初のコメントを投稿しよう!