不義の澱

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 軍の翻訳は、これまで商人の翻訳しかしてこなかったアルスカには難易度が高かった。職場では聞いたことのない専門用語が飛び交い、アルスカは耳を澄ませてそれらを聞き取ってメモに書き留めた。彼は遅くまで職場に残って割り当てられた仕事をこなし、家に戻ってからは書き留めた単語の意味を調べた。ときにはフェクスを教師にすることもあった。  言語とは不思議なもので、かつてアルスカがまだ初級学習者だったころはひとつの単語を覚えるのにも苦戦したが、上級者となると、単語の響きからある程度の意味の予測がつき、するすると頭に入っていく。  アルスカは久しぶりに味わう学びの喜びに夢中になった。 *****  アルスカが仕事に慣れたころ、事件が起こった。  その日、アルスカが何枚かの書類を翻訳していると、翻訳事務官が扉からひょこりと顔を出した。 「アルスカ、ちょっといいか」  呼び出されてついていくと、上官は廊下で窓の外を指さした。そして困り眉でこう言った。 「お前に会いたいって人が来てるぞ。あそこに立ってる奴だ。知り合いか?」
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