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エルドラがベッドから起き上がれるようになるまでに、まる六ヵ月かかった。
普通なら死んでいてもおかしくないような深傷だった。
松葉杖をついてバルコニーに出る。
季節はすっかりうつろっていた。
灰色の空から雪が降ってくる。
肩を寄せ合うと、少しは温かい。
「誰かと雪を見るのは初めてかもしれないわ」
私がつぶやくとエルドラは意外そうに言う。
「十七年、人の中で生きていたのに?」
「同じ種族だからといってわかりあえるわけではないと、あなたも知っているでしょう? 私がどこで助けられたと思っているの」
治癒魔法を使う駒として、兵たちを癒やすためだけに生きろと手枷をはめられて閉じ込められていた。
私にとって人間は、同じ種族というだけで仲間ではなかった。
人間もまた、私を道具としか思っていない。
人の形をしているだけの、回復アイテム。
心を持った一人の人として扱ってくれたのは、皮肉にも異種族である魔族のみんなだった。
「これからは皆がいる。ここで好きなだけ雪を見るといい」
「そうね。一人で見るより、誰かと見るのが良いと、教えられたわ。ありがとう、エルドラ」
エルドラは照れるでもなく、淡々と答える。
「我は教えようとしたわけではない。知る機会に恵まれなかっただけだろう」
人がせっかく、せっかく素直にお礼を言っているというのに。ロマンのかけらもありゃしない。
でも、そんなエルドラだから惹かれるのだ。
「私が一生そばにいてほしいと言ったら、エルドラは叶えてくれる?」
「そなたが年老いるのを見届けて、看取ると約束しただろう」
「そうではなくて、ええと、うーん、夫婦として!!!! 結婚してってことよ!!! 大声で言わせないでよこんなこと!」
私が告白すると思っていなかったのか、エルドラは目を瞬かせている。
「……ああ、すまない。結婚、か。そんなことを言われたことがないから、驚いた」
「それで? 答えは? 驚く以外に言うことはない?」
エルドラは苦笑して、そっと私の手を取る。
「ああ。我もそなたの伴侶として生きることを望む。ずっと、そばで見届けよう」
抱きしめられて、エルドラの背に手を伸ばす。
人ではない、体温がすごく低い体。鱗のゴツゴツもある。
人類を導くはずの聖女が、人類の敵、魔王との結婚を望むなんて愚か。
端から人間は私の味方ではなかった。仲間でないのなら、裏切るも何もない。
私の家族は、仲間は、私の身を案じて手を差し伸べてくれる、魔族のみんなだ。
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