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「今日のことは遥香には黙っていてね。徹も記憶を失ったことにしといて」
頷き、「淳は、淳は気づいているんだろう。いいのか」
「あはは、やりたかったら自分ででてくるわよ」
美央を抱いた自分に、淳は何も感じないのだろうか。
「明日の夜は、淳と遥香をセックスさせよう」美央が挑戦的に微笑む。「見たい?録画させる?」
徹の心がざらついた。互いの恋人を共有しようとしているのか。
「見たくない」
「あれ、焼きもち焼きなんだ。わたしと浮気しているくせに」
浮気なのか?これは浮気なのか?
「俺のこと好きなのか?」
「もちろん、好きよ。あっでも、もっとセックスうまくなってね」
誰と比較しているかわかりきったことだ。同じ身体だというのに、何がちがうんだ。
「俺は下手なのか」
「やだあ、淳に嫉妬してるの?」ケラケラと笑う。「淳はバリエーションがあるのよ。雰囲気作りもうまいし。いろんなことをしてくれるわ」
「教えてくれ。美央を楽しませたい」
「うふふ、いいわよ。でも遥香がびっくりしちゃうかな。まあ、それは心配ないか」
そう意味深に笑い、美央が徹の顔に座ってきた。顔面に押し当てられた性器に夢中で貪りついた。
「徹さん。疲れてる?」
翌朝遥香が心配そうな顔して聞いてきた。「遥香も疲れているだろう。ったく俺たちの別人格は仕事のことを考えてくれない」
「寝不足?仕事大丈夫?」
「ああ、大丈夫さ。遥香も眠いだろう。家でゆっくり休んでてくれ」
玄関で軽くキスをして外へ出た。寝不足なのはお互いさまだ。寝不足にしたのは自分のせいでもある。明け方まで美央の肉体をしゃぶりつくした。何度も何度も尽きぬ欲望を、美央に注ぎ込んだ。向こうの方がギブアップといってきたくらいだ。
淳に勝てたようで嬉しかった。
朝の遥香の顔を見た時は罪悪感でいっぱいになった。昨夜のことを知ったらどう思うだろう。はかなげな表情に、ギューッと心臓が絞られる。
交換日記には、少し体を休めさせてくれとお願いしよう。共倒れになってしまう。本心は美央を淳に抱かせないためだった。知らずこぶしに力が入る。
その日はベッドに入り、何もせず二人で眠った。記憶を失ったのか寝入ってからなのか。翌日ノートに書きなぐった文字を見て、やはり二人が現れたことを知った。
-しばらく身体を休ませてやるよ-
-よろしくね-
しばらくそんな日が続いた。遥香とのセックスもお休みだ。睡眠負債も解消されようとしてきた。遥香は部屋を整え食事をつくる。休みの日は二人でショッピングや散歩を楽しんだ。遠出する勇気はないので、もっぱら近場だ。そんな中、美央に会いたい気持ちが徹の中で少しずつ育っていった。
精神科医のところには行っていない。医者の好奇心に満ちた視線が脳裏から離れない。論文のモデルになるのはまっぴらだ。
調べると、人格統合‥‥融合をする場合もあれば共存の道を選んだりする等、治療もさまざまあった。幸い社会生活を営む上で厄介な人物がいないようなので、共存もありかな、と思い始めている。
そもそも障害扱いされるほどのことなのか。むしろ、最悪の環境で命を守るために別人格が現れたというのならば、彼らはヒーローであり自身が処方した結果でもある。
害をなせば病気、ならないなら個性だ。
「遥香はどう思う?」
ある日徹は治療について遥香と話し合った。
「うーん、そうねぇ。美央の相手が淳だけなら問題ないけど、わたしの身体が自分だけのものじゃないってのは、正直、違和感がある。しかもあんな‥‥」
遥香はそこで顔を歪ませた。以前見た動画に激しい嫌悪感があるようだ。
「遥香はセックス嫌い?その、挿入する意味だけど」
ふいに肩をピクンと震わせ、困ったような顔になった。
「正直に言えば、わたしは繋がっているより、徹さんに抱きしめられてる方が好きかな。とても安心するの。キスしたり、肌と肌を重ねたり。それで満足かなぁ」
「美央とは全然ちがうんだね」
「徹さんは?」
「俺はやっぱり遥香の中に挿れたいと思うよ。ひとつになれた満足感がある」
そして美央のように全身を歓喜で震わせてもらいたい。
「そうよね、男の人は普通そうなのよね。わたし、あんまり濡れないでしょ。満足させてあげられてるか、時々不安になるの」
泣きそうな顔を見て、徹はそっと抱き寄せる。「今の遥香で十分だよ。痛かったらいってね。したくない時はそういってくれていいから。大好きだよ」
言葉に嘘はない。遥香は十分可愛く、何があっても守ってやりたくなる。これ以上にないパートナーだ。
「徹さん、ありがとう。わたしも好き」
胸に身体を預ける遥香の背中をなでても、狂おしいほどの欲望はわいてこなかった。父性本能なのか。美央の奔放さを知って物足りなくなってしまったのか。
会いたい。美央の身体を存分に味わいたい。これは恋なのか、性欲なのか。
「わたし、いつか人格を融合させたいな。時間がかかるかもしれないけど」
キレイ好きで几帳面な性格の遥香だ。そう結論づけても不思議はない。だが、そうなると美央はどうなってしまうのだ。
「そ、そうだね。いつかそうなるといいね。ただ、遥香と美央が融合しても、俺が淳と融合しないかぎり、淳は遥香を襲ってしまうかもしれない。遥香が相手をしなかったら、夜の街へ繰り出して他の女性と寝るかもしれない。その、俺でもあるんだけど」
遥香は目を見開き、「そんなの、やだ」としがみついてきた。
「ああ、その時は同じタイミングがいいね。しばらくは共存していこう。こちらの言うこともちゃんと聞いてくれるようだし」
日曜の夜、部屋で映画を見ていると徹の記憶がまたなくなった。ああ、淳が現れるんだなと思った時にはまどろみの沼に落ちていた。
「徹さん?」
一度カクンと首が落ちたかと思ったら、いきなりエネルギッシュになり腰に腕が回された。そのまま抱きかかえられる。
「はい、はい、遥香ちゃん、こんばんは」
「えっ?」
遥香は思わず周囲を見回す。そこに美央がいるわけでもないのに。自分は今遥香のはずだ。穏やかな徹は消え去り、目の前には突き抜けたように明るい笑顔の淳が見下ろしていた。
「わたしはまだ遥香よ。どうして淳さんがいるの?」
「まあ、こういうこともあるだろう。美央は今遥香ちゃんの中で眠ってるんだよ。俺じゃ、不満かな」
腕を振り払い、立ち上がると反対側に座った。それをおもしろそうに黙って見ている淳。
「あれぇ、冷たいなぁ。徹にしているように俺にも優しくしてくれないかな」
「だって、あなたと徹さんは違う人だから」
「そう、固いこと言わずにさ、」淳が身体を寄せてきて、遥香の手を握った。
「やめて」
「おかしいな。見た目は同じだろう」
「徹さんは無理強いしないわ」
「あいつは真面目だからね。でもさ、ホントはあいつだってもっと強引にやりたいって、思ってるんじゃないかな」
えっ?
ふいを突かれ、カーペットの上に組み敷かれた。淳の顔が近づいてくる。顔は同じなのに、目がちがう。整った顔だちから危険な匂いが振りまかれ、ゾクゾクしてくる。口角をわずかにあげた唇はセクシーだった。そんなことを想う自分が恥ずかしくなった。
思わず顔をそむけた。
「恥ずかしい?でもドキドキしてるだろう。俺もドキドキしてるさ」
淳は身体を起こした。
「遥香ちゃんが嫌がることはしないよ。徹に悪いから。ちょっとふざけただけ」
遥香は大きく息を吸い込んだ。「悪ふざけはやめて」
「つれないなぁ。まあ、いいさ、今夜は何もしないよ」
「今夜は?」
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