32人が本棚に入れています
本棚に追加
一人と一羽の関係が始まり、早三月。
怪我がすっかり良くなった鴉は、まだ飛び去っていなかった。ノクシアもそれをどこか嬉しく思っている。彼女は鴉に不思議な友情を抱き、そして自身の変化を感じていた。
生真面目な彼女はお気楽な鳥の影響で、少しだけ肩の力を抜くことを覚えたのだ。以前より明るく穏やかになり、部下達との関係も良好になった。
だから、そんな風に活き活きとしていた彼女がその日、暗い顔で膝を抱えていたことに鴉は驚いた。
「鳥、なんて顔をしている」
「いや、それこっちの台詞だから。何かあったの?」
脇腹をツンツン擽る鴉に、ノクシアは僅かに表情を緩める。そしてポツリポツリと話し始めた。
彼女を悩ませているのは、見合い話だ。ノクシアは男爵家に生まれた三女。適齢期にはそのような話もあったが、彼女は剣の道を選んだ。戦果を上げ力付くで周囲を黙らせてきたのだ。
しかし二十七になった今、再び見合い話がやってきた。相手は妻を亡くした第一騎士団長。少し前からノクシアに度々言い寄っていた男だった。性格はさておき家柄も実力も申し分ない相手である。
周囲も優秀な血を掛け合わせることに賛成のようだった。
「私は騎士だ。戦場で戦い王国を守るのが私の役目。結婚など考えたことも無い」
「う、うんうん」
「しかし、もしこの結婚が王国の為になるなら。それが女としての義務だというなら。……ああ、悩むなんて私らしくないな」
ノクシアはくしゃりと顔を歪める。
「……カァー! 本当に君は、真面目だねえ!」
鴉がバサバサとノクシアの顔に飛びつき、その頬を軽く啄んだ。「こら、何をする」彼女達はじゃれ合い、緩やかに地面に倒れる。
「騎士とか女とかさ、そうじゃないでしょ。君は、たった一人のノクシアなんだから。大切な自分の為に悩むのは、悪い事じゃないよ」
耳元で囀る優しい声。
――ノクシアには、目の前に広がる昼間の白い空が、いつもより多彩に見えた。白も黒も決して一色ではない。そこには濃淡があり、いくつもの色が存在している。今は二通りしか見えない道だが、他の道もあるのかもしれない。
「そうだな。やっぱり断ろう」
「え? 今の流れでそうなる?」
「私は何でもハッキリさせておきたいんだ」
「ああ、そうですか」
鳥は呆れたような、どこか嬉しそうな溜息を吐いた。
「なあ、鳥……いつか私達は、こんな美しい空を見られなくなるのだろうか」
彼女の腕から首にまで広がる、白い刻印。それは命を蝕み視力を奪う、神の呪い。
小さな丸い瞳が悲し気にそれを見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!