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重苦しい曇り空の下、処刑台広場には人々が集まり、高名な反逆者の処刑の時を見守っている。台の上には、鎖で縛られ膝を付くノクシア。
執行人が罪状を読み上げるのを、彼女は静かに聞いていた。
捕らわれの身では、王どころか誰一人耳を貸さない。ノクシアは自身の無力さに辟易とする。……それでも、アルバを逃がすことは出来た。それだけが心の救いだった。
頼りなさの否めない少年だが、決して臆病ではない。新たな道を切り拓こうとたった一人で敵国に乗り込んできた彼は、黒の民以上に勇敢だ。
(きっとあいつなら、私の心を溶かしたように……)
処刑人が斧を持ち上げるのが気配で分かる。ノクシアは目を閉じた。
その時、俄かに人々のざわめきが聞こえ、ノクシアは目を開ける。
――人々の黒い目が、上を見上げていた。
顔を上げたノクシアは、空に輝く純白の羽を見た。投石や矢で傷付けられても、力強く空を舞う、白い鴉。
鴉はノクシアの前に降り立ち、少年に姿を変えた。彼が手を振りかざすと、処刑人の手から斧が落とされる。
「白の民だ!」人々の悲鳴混じりの声。
それにも負けない声量で、ノクシアは叫ぶ。
「どうして来た!」
「君を助けに来たんだよ」
「誰が助けなど、」
ノクシアの声は震えた。一人きりで、人々に失望され死んでいくことを受け入れられたのは、まだこの世界に希望があったからだ。その希望が壊れてしまうところを見たくはない。
しかし震えているのは彼女だけではなかった。アルバもまた人々から向けられる鋭い敵意に震えている。
「……助けられる算段はあったのか? いや、無かったんだな。どうしてそう無計画なんだ。真実を知るお前の死が、いかに大陸の損失か考えなかったのか?」
「目の前の、もっと大きな損失しか目に入らなかったんだ」
アルバは鎖で動けない彼女を、抱きしめる。放たれた矢から庇うために。
白い飛沫が上がり、人々は湧いた。矢を射ることを命じたクロウの、嫌な笑い声が一際高く響き渡る。
ノクシアは薄い少年の胸の中で、全てが夢のように思えていた。アルバは呆然とする彼女の頬に触れ、霞んだ視界で、彼の最も美しいと感じる色を瞳に映す。
「やっぱり……綺麗だね。最後に見るのが君で良かった」
「なにを、戯けた事を、」
「うん。君には口で言っても、駄目だよね」
アルバは残された力を振り絞り、ノクシアに口付けた。ノクシアは驚き――それを静かに受け入れる。
直に訪れるだろう暗闇の中で、互いを見失わないように。深く、重ねた。
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