VIII

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VIII

「は? 家に来い?」 「はい、僕の家なら飲み物は全て100円以下で提供できます」  これは僕が2回目の逢瀬に先輩を誘ったときだ。会社で声を掛けて、流石に考えろと怒られてLINEを教えて貰った。  そして、雨の中渋々僕の家を訪ねた先輩が持ってきたのは、近所のレンタル屋で借りたというDVDの数々だった。狭い6帖の部屋では2人並ぶにはベッドの上に座るしかない。 「本当は恋愛映画に連れて行きたいところだが、まだ宮木には早い」  若干、小馬鹿にしたような口調で話してくる先輩だった。僕は口先を尖らせながらインスタントの珈琲を淹れる。 「はいはい、僕はどうせ恋愛初心者ですからね」 *  確かに。90分の映画の中で、恋人達は如何にも高価な飲み物や食べ物を供にするシーンは多々あった。そして、2人の関係性はその折々で加速するのだ。しかし、それ以上に僕には気になることがあった。 「あの、僕からも一つだけ良いですか?」 「なんだ」 「先輩は恋人にもそのような言葉遣いなのですか? この映画に出てくるヒロインはそうではありませんでしたよ?」  これは断じて僕の底意地が悪い訳ではない。 「もっと恋人に相応しい態度があるんじゃないですか?」  ふと、頭によぎったのはあのホストのことだ。ホストの前では、先輩も映画に出てくるヒロインのように甘えたりするのだろうか。 「例えば、映画を見るときに手を繋ぐとか」 「!」  僕は先輩との一人分の隙間を指差す。 「隣に座るとか」 「......!」 「名前を呼ぶとか」 「〜〜ッ!」  先輩は僕の顔の後方にある窓を見て、焦ったように荷物を纏めた。 「ほ、ほら、雨が上がったぞ! 私は帰る」  僕は雨上がりに少しだけホッとしたような、それでいて残念なような気持ちを抱いた。  玄関で畳んだ傘を持って、振り向きざまに先輩はボソッと呟いた。 「ま、またね、晴」  先輩の顔が林檎のように真っ赤になっているのを見て、僕は今日の逢瀬の勝利を確信したのであった。
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