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IX
六月の梅雨どきは何度も雨が降る。
僕たちはその度に口論をし、価値観の違いを嘆き、そして最後に少しだけ歩み寄った。
「こ、これは恋人らしい動作、だから」
「そうですね、手繋ぎデートは映画で観ました」
アーケードの中を手を絡めて歩くーーそれだけなのに、心の奥がチリつくような、そんな熱を持つのが、僕にもどかしい何かを感じさせた。
*
「宮木くん美人局にやられたんか!?」
FIREを目指す会で、僕は鈴木さんに肩を揺さぶられる程心配されていた。どうやら先輩と歩いているところを目撃されたらしい。
「あれは僕がお金で契約した彼女です。恋愛のイロハについて教えてもらっています」
僕は鈴木さんに今までのアレコレを話していた。
「まさか宮木くんから惚気話を聞かされることになるとは思わんかった......」
「惚気ではないです。研究結果です」
鈴木さんは珍しくスーパーまで寄って、僕にお祝いにとジュースを買ってくれた。
「あぁ、でもちょい安心したなぁ」
「安心?」
「宮木くん、若いのにえらいお金にシビアやったやろ。ワシらみたいな中年の野心からやのうて、お金を憎んどるような、そんな向き合い方やったから。心配しとってな」
僕はこのFIREを目指す会でそういう風に見られていることを初めて知ったのだ。
「......僕は計画性のない生き方が嫌いなだけです。僕の母は夢しかみない女性でした。既婚者との浮気の末に出来た僕を抱えて、養育費も払ってもらえないのに、愛しているという過去の言葉に踊らされて一喜一憂しているのが見ていて辛かったんです」
僕は久しぶりに母のことを思い出した。
血縁上の父との連絡が途絶えてからは僕をあてにし出した母。自分の人生の終い方がわからず、自殺した母の姿を見て、僕は人生についてよく考えた。
「先輩に恋人契約を持ちかけたのは、勿論、僕のためもあるのですがーー」
僕はここで言葉を切った。
余りにも自分に似合わない英雄願望だ。
「もしかしたら、僕と会うことでホストに会う時間をなくせば、先輩も色恋で不幸にならないのではないかという期待を持っていたのも事実です」
僕は僕なりに清水 莉雨のことを尊敬していた。
だから、破滅への道を歩んでほしくなかったのだ。
鈴木さんは僕の頭を撫でた。
歳の離れたこの人は、時々僕が得られなかった家族のような空気を分けてくれる。
「相手の子、晴れた日は何してるんやろうなぁ」
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