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 老後2000万円問題が話題になったのは僕がまだ大学生の頃だった。  社会人達が積立NISAだの年金制度がどうだのと大慌てする中、僕は鼻で笑った覚えがある。そもそも自分の人生をどう終わらせるかシミュレーションの一つもしていない奴らの方が人生を舐めていておかしいんだ、と。  生きていくために自分はどこまで貧しさや困難に耐えられるのかを理解していないことは怠慢である。  僕は既に節約という大いなる術を身につけることで、将来への資産形成を始めていた。トイレットペーパーはどんな時でも10cmしか使わないし、夜の電気は繰り返し使えるアロマキャンドルで賄っている。  僕は同世代が飲み会だの推し活だのにお金をかけている横で、毎日のルーティンと化しはじめた手作りの梅干し弁当を食べながらこう思ったのだ。 (なんだ、いけるじゃないか)  日常から「贅」を取り払うことで、僕はきっとどんな未来が来ても生きていける。そう、思っていた。
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