II

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 それは、早くも社会人4年目のことであった。 「溜まった」  コツコツとお金を貯め続け、僕は26歳にして既に老後用の資金2000万円を貯めきったのである。  このことは僕に自信を付けさせた。努力は決して裏切らない。今の時点で2000万円を貯めることができる僕であれば、この生活を続ければ老後は何も心配要らないだろう。だって、この試算は夫65歳、妻60歳以上の無職の夫婦の想定だ。ひとりで暮らしていくには十分である。  しかし、有識者によると一つだけ、足りないものがあるという。 「宮木くん、女だけは若いうちに経験しておきなや」 「女?」  これはFIREーーつまり老後の資金を貯めて仕事を早期リタイアした鈴木さんのとのやり取りだ。彼は資産運用型FIREをしているため、今は働いていないけれど株式や投資信託などで利益を得ているという。  僕達は公園で水筒の水で乾杯した。 「宮木くんがこっちの界隈に来た頃に鳩村っておったろ? アイツ、折角FIREしたのにキャバクラの女にいれあげて身ぐるみ剥がされたんだよ。今じゃ再就職しようってハロワに通ってるけど、どっこも前の待遇じゃあ雇ってくれないからなぁ」  鳩村さんは一見、人の良さそうなおじさんに見えたが、労働者と当たり屋の二足の草鞋でお金を稼ぐ常人には真似できない存在だった。 (なるほど、若い頃にやっていなかった経験から年老いて急に惜しくなって沼にハマってしまう。確かに起こりうることだ)  恋愛経験のなさが生きていく上でリスクになるというのならば、予め潰しておくのが”うまく生きる”ということに違いない。
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