VII

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VII

 僕達の記念すべき一度目の逢瀬は悲惨なモノであった。  じっとりとした雨の中、クラシックの流れる喫茶店で水だけを前にした僕は、二人分の珈琲を目の前に置く先輩に睨まれていた。 「信じられません」 「信じられないのはお前だ馬鹿」  僕はモバイルオーダーだけになったらしい喫茶店のメニュー表を見てげんなりした。 「珈琲なんて粉を溶かせば一杯20円で飲めます。それを580円なんてぼったくりにも程があります」 「珈琲は原価じゃない。それに、味だって全然違う。喫茶店に来て一杯も頼まない奴があるか。そんな奴は客じゃない」  僕にとって先輩は500万円の借金を抱えていたことが信じられない位に奢侈な振る舞いをしているように感じた。 「本当にこれが恋人関係に必要なことですか? 珈琲を飲むなら公園に新聞紙を敷きましょう」 「この雨の中正気か?」  僕には最低時給であれば、一時間の労働時間分以上の珈琲(2杯)を2人で味わうことに何の価値が見出せるのか、そちらの方が正気でないように感じた。 「恋人というのは共に穏やかな時間を過ごしたりして、互いの価値観をわかりあうものだ。いや、恋人でなくても、互いに過ごす時間に金銭をかけるのは相手を大事に思っていることをわかりやすく開示するコミュニケーションだ。だが、お前にはまだ早いな」  飲め、と渡された珈琲の味は、僕にはインスタントと大差なかった。
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