Prologue

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 7月頭。湿気の多い梅雨の中でたまたま晴れた午前中のオフィスに、女性にしてはハスキーな声が響く。含まれるニュアンスは”若干の苛立ち”だ。 「で、宮木。今日〆切の企画書はどうした」  これはこのイベント企画会社の主任ーー清水 莉雨(30)だ。キツめの顔、目尻は上がり気味で、スタイルが良いまごうことなき美人だ。威圧感とリーダーシップから周囲からは”姉御”と呼ばれている。 「まだ間に合って居ません。すみません」 「謝ってすむ問題か? 会議は13時から。事前レビューがある。10時までには完成させろ」 「はい」  僕ーー宮木 晴(26)は淡々と作業を開始することにした。黒縁眼鏡の鏡面とキーボードをワイパーで拭いて、パソコンを立ち上げた。  間に合っていないのにはそれなりに理由があるが、話している暇はない。パソコンに向かっていると、嫌でもヒソヒソ声の他の社員の話が聞こえてきた。 「やっぱり怒ったときの姉御、怖いよな」 「静かにキレる感じがやべーって」 「でも、宮木の奴。表情一つ変えてないよな」 「やっぱあいつロボット君だよな」 「......。」  好き勝手に言われるのは慣れている。  他人をネタにする奴は自分の人生を生きるのに怠惰になっているだけだ。  ふと、外を見ると黒い雲が東からやって来た。  今夜はきっと雨。  僕は机の下でメッセージアプリを軽快に立ち上げた。 『今夜、僕の部屋で』
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